memo

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かたわつづり4の続きです。↓どぞ。











その人の匂いだとか、触れられること自体、そういうものには不思議と嫌悪はなかった。
そればかりか触れたいとさえ思いもした。
たまに噂で耳にする花街での評判だとか、道ですれ違う際に感じる女共からのあの人への視線だとか。
そんなものには明らかに嫌悪してしまう自分を見付けて驚いた。




「来るなら煙草買って来てくれ」


合図など決めてはいない。
定期的に向こうから誘いの声が掛かる。
それだけだ。
そしていつも、名を呼ばれたことはない。
『いつ』ってのはあの時にだ。


何度かこの身体を抱きはするが、一度もその時にこの名を呼ばれたことはない。
それとは逆に自分は馬鹿みたいに何度も何度も、あの人の名を口にしてしまう。
特に意識しているわけではなくそれは殆ど無意識で、我に返るのは決まって必死にしがみ付いて切羽詰って叫ぶように名を呼んでしまった後で。

そんな時は少しばかりの後悔というものを覚える。






「声、どーにかしろよ」

「―・・・・・すいや、せんね・・・」

「外に漏れる」


喉奥から湧き上がり上擦る吐息を、無理矢理落ち着かせるよう静かに整える。
深夜の屯所、平隊士とは離れにあるこの人の部屋でも、いろいろと道徳的に善からぬ声が外に漏れるのは確かにまずい。

だがひとたび芯が熱を持ち思考がその熱と融化してしまったら、身体の器官全てがもはや思い通りには動かなくなってしまう。
それはこの人が一番よく知っている筈で。
うねりのある熱を与えるのも、四肢への意思伝達をストップさせてしまうのも、全て目の前のこの人がそうさせてしまうことであって。

そして今晩は正常位のままで重なるものだから、それは尚更だった。


「動くぞ」

「ふっ・・・ぅ・・・」


先程からずぶりと侵食されている薄っぺらなこの身体。
膝頭を顔近くまでぐいと押し上げられ、両足が目の端で宙に規則的に揺れる。
覆い被さる男の下で蛙のような姿態を晒す自分に視線を感じると同時、瞼を瞑ってしまうのでいつも視界は途切れ途切れだ。

この人と向き合って重なって幾度か抱かれる。
肌を重ねながら毎回感じる心許無さを、少しでも和らげるこの位置が俺は密かに好きだった。


快楽や、何処から来るのかも分からない上り詰める際の恐れだとか、この行為を覚えるまでは知らなかった計り知れない波の渦。
浅く深くの波が心地好いうねりの中何度も繰り返されて、まるで水中で溺れるような感覚にどうにかなってしまいそうになる。

そんな時何かしらしがみつくものをこの手は探してしまっていて。
そうして確かな存在を指の先に感じ取っては、また無意識にその名を何度も何度もこの口が呼ぶと、覆い被さるその人は動きを止めて俺の前髪をぱさりと払った。


「ったく聞き分けの無えヤツだ」

「・・・・・っ・・・」

息が上がる。
他のオンナがどんななのか知らない。
名を呼んでしまうのは仕方が無い。
口から勝手に出てしまうのだから。


「―・・・明日の晩、また付き合えよ」


不意に耳慣れない言葉が飛び込んできて。
ゆっくりと薄っすら瞼を開けると、情事の最中のそんな顔付きのその人が視界に映った。
何だか妙に胸の奥がきゅうとなり、滅多にしないのにその広い背中へと両手をそろそろと回してみる。


「・・・珍しいや 土方さん、
もう明日のご指名ですかい」


行為の際に向き合うといつもその双眸を正面から見られないでいるのに、それでもこの互いに向き合う体勢が一番落ち着いた。

少し汗ばんだその背中を、まるで自分に向けられたやさしいものであるかの如く感じて。



「花街の馴染みの店に連れてってやる」






――もしも。
誰かに面影が重なるというのなら、その重なりだけでも見詰めてくれたらいいのに。

いくらこの口がその名を呼び続けたところで、想いとか願いとか、そういうものは俺とこの人の間には存在しないのだということ。
そんなこと端から解っていた。

どうして抱くのかだとか、抱かれるのだとか。
上司と部下、昔馴染みの仲であって、更には同性同士だからだとか。

そんなことはひとつも訊かないから。


「総悟、
お前もオンナ、抱いてみろ」



夜の帳の中、やさしい人から初めてやさしく名を呼ばれた。
規則的に揺れる肩越しに、乾いた天井が無機質に広がる。
背中に回した両の掌からその言葉の微かな振動が、静かに骨を伝って響いていくのを感じていた。






20101212UP
も少し続きそうです・・・

どぞ→6


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