memo

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片端綴り6の続きです。どぞ↓












饒舌とは程遠い。

腹黒いことならば面白いように延々と思い付きもするのに、肝心なことになると途端腹の奥へ奥へと入り込み喉から先1ミリたりとも出て来ない。
そうして元の形がどんなものであったのかなんて、とうに判らなくなってしまう。
もっともっと昔の幼いままのあの頃なら、目に見える全ての光を通す硝子のように透明で単純な形であったに違いない。




あの人が近藤さんの名を口実にしてまで花街に来させた訳も、云われなくても解っていることで。
それはもう今までの不健全な関係を清算したいということに他ならず、いよいよ本格的にこちらに引き摺り込まれる前に足抜けしたい気持ちの表れなのだろうと、自分の事ながらぼんやり感じた。

だからと云って責めるわけでもなし。
ましてや恋仲でもあるまいし。
湛えていた豊かな水が虚構の殻を破り、唯々からっぽに戻っただけで。

特に涙も出やしない。



女という生き物は男と対になる生き物だ。

白くて滑らかな肌だとか丸みを帯びた曲線だとか、ころころと心地好さげに鳴る笑い声。
小さな掌もそこから伸びる小枝のような指先も、その先にある桜貝のような爪も。
ふうわりと漂わせる甘ったるい匂いも。
その五感全てを以って男を優しく包み込む術を、産まれ付き本能で知っている。
女というものはそういう風に出来ているものだから。
当然の如く男は求めるものだろうし、しっくりも来る。


結局、あの人がそれなりに慎重に選ってくれただろう娼妓と暫く酒を呑み交わし、時間を稼いで見世を出た。
年端は変わらぬと云っても歴とした苦界の女だ。
手も付けらず帰られたとあっては娼妓としての名が廃ると恨みがましく詰め寄られたが、先に支払われていた花代とは別に内々で口止め料として良い値の花代を上乗せして握らせた。

多分、抱けない訳ではない。

唯、そんな気が起きないだけ。


「ほんと
アンタぁ馬鹿だ」


華やかな張り見世通りを人混みに紛れて歩を進め、ポツリそんな言葉が口を付いて出ていた。
こんな事をしなくてもたったの一言で、関係なんざ最後通牒になるというのに。
元々最初から何も無い、かたちを成さない関係だ。


屯所の門を潜り抜け、誰も居ない廊下をひたひたと渡り自室へと戻る。
先程の賑わい合う華華しいまでに装飾した街とは裏腹に、仄暗く殺風景な部屋に戻るとふうと長い息を吐き出した。

ああ終わりというものは意外にさらりとやってくるもんですねィ、と欺いた癖にこんな時ばかりは天の上のその人に向かって伝えてみたりもする。

ここ以外の居場所なんてものはきっと一生考えられない。
それならば何もかも全てがこの身体に一度留まり、かたちを変えて通り抜けていく。
ただそれだけのことだと腹の内納めて。

後は貴方が逝って学んだように、からっぽの身がまた別のもので充たされていくのを歳月が流れるように待つだけだ。

つっかえていたものがコトリと外れると、もう灯りを点けるのも風呂に入るのも億劫でそのまま布団を敷き横になる。
両目をゆっくりと閉じるとすぐに深い眠りに堕ちた。


暫く振りに武州での床しい面々が代わる代わる瞼の裏に出て来ては、柄にもなく郷愁を誘う。
そして最後の最後でもうずっと見ていない、どうしようもない馬鹿男の優しい笑顔を見た気がした。










*-*-*-*-*-*-*-*-*-*






「オメェ、ずらかったんだってな」


それは不意打ちで。
照準が合うのも遅れるくらいにそれなりの時は経っていて、平穏無事を保っていただけに呑み込みが鈍った。


「!
・・・あんの糞アマ」


花街で刃物を持った男が騒いでいるとかで、パトカーで近くを巡回していた者に御呼びが掛かった。
運悪くよりによってその界隈へはあまり共に足を運びたくないその当人と、現場近くを見廻り中だった。
パトカーを停めて騒ぎがあった場所へと狭い路地を通り抜けながら急ぎ向かう。


「玄人でも素人でも、女甘く見ねーこったな」


この街はよく巡回でも通るのだが、それだけだった。
あの見世にもあれから行っちゃいないので精精屋号は憶えているが、女の名もとうに忘れた。


「何でィアンタ、あの女抱いたんですかい。
商売女だからって野暮なことしねーでくだせーよ。
それとも今はあの女が情婦ですかい、あんな若けー女もイケる口たぁ土方さんも隅に置けねーな」


前を駆ける大きい黒い背に向かってなら、いくらでも饒舌になれるものだ。
通報があったという現場へ到着すると刃物男は酷く酩酊しており、特に刃向かうこともなくすんなり御用となった。
念の為呼んだ隊の応援が駆け付けて来て、二人掛かりで足取りのおぼつか無い男を抱えながら連行して行く。


「ったく傍迷惑な野郎だよ・・・」


少しばかりの人垣が出来て、特に大した見せ物でも無いと分かるとまた何事も無かったように人垣は疎らになっていく。
もう日は暮れていて、その街はいつもの如く華やかに浮かれ賑わっていた。



それなりの時が経っても、ほんとうはからっぽのままだ。
大した扱われ方もしちゃいないのに、頭は忘れようとしても身体は正直に憶えている。
あの時礼まで云えるほど、俺はこの人に触れられるだけで


嬉しかった


前に立つ男の背を見て、その背から目が離せなくなる前に。
早く屯所へ戻りたいと思った。




「総悟、後で俺の部屋に来い」


雑踏の中聞こえた、妙に懐かしいフレーズが周りの音を一気に遮断していく。


「――・・・・そ れは」


柄にもなく掠れる声に自分自身が驚いて。
幾度の死線を乗り越えてきても、多勢の敵を前にしても感じたことのない足が竦むような感覚にたじろいだ。

ごそごそとポケットを探り「チッ」と舌打ちする自分より少し上背のある男が、振り向き様に云うことといえば。


「来る時、ついでに煙草買って来てくれ」


からっぽになったあの見世で、その人の目をきっぱりと見詰めて以来。
暫く振りに真正面から、その切れ長の射るような眼差しを瞬きもせずに見詰め返していた。










20101230UP
すんませんね、
あと少し・・・がんばるんば


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