狩猟(巷説U)

□《福来》
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 むか〜し昔。
 ある所に、百介という名の、気立ての優しい若者がおりました。
 百介は、たった一人、山の中で暮らしてました。
 山の中だから田圃も畑も小さくて、百介はとても貧しい暮らしをしていましたが、そんなに苦にはしてませんでした。
 山の花や柴を集めては、少し離れた村に売りに行く毎日でした。
 しかし天気が悪い日は、村に花を売りに行っても、誰も買ってはくれません。
 せっかくの花を無駄に捨てるのが勿体なく、百介は村外れの石仏様に『残り物ですが』と供えて帰るのが日課になっておりました。
 そんな、ある日のこと。
 いつものように、百介が売れ残った花を石仏に供えて、手を合わせ祈っておりますと。
『これよ、百介よ』
と、誰かが呼び掛けてくるではありませんか?
「どなた様でしょうか」
 辺りを見回す百介に、『此処じゃ、此処じゃ』と石仏が口を開きました。
『いつも花を供えてくれる礼がしたい』
 気持ちの優しい百介は、礼なんてとんでもない、と断りましたが石仏は『福をやろう』と言うのです。
「福はいりません」
『ならば富をやろう』
「富も、私には過ぎたものです」
『ならば嫁をやろう』
「いえいえ、益々もって畏れ多いこと」
 百介は困りましたが、石仏も困り果てました。
 たとえ路傍に放っておかれた石仏であっても、しっかりと受けた礼を返さなければ仏が廃ります。
 それなのに、百介は世間の欲から縁遠いので、石仏の提示したどんなモノにも、余り興味を示しません。
『仕方が無い。妖怪変化でもやろうかの』
 ヤケクソになった石仏は、世間の人ならば全く喜ばないものをやろうと言い出しました。
 百介は、ニッコリ。
「はい、それならば有難く頂きましょう」
 どうせ山の中の一軒家で、一人暮らし。
 百介は、妖怪の方が気も合うだろうと頷きました。
 それきり石仏は黙ってしまいましたが、百介は『有難いなぁ』とたくさん御礼を述べてから、家に帰って行きました。



 その夜も更けて。
 寂しい山中にある百介の家の前に、何者かが訪れました。
「こちらは百介さんの家でしょうか?」
 りん、と鳴る鈴の音に、百介が戸を開けると、四人の訪問客が夜の闇の中に立っておりました。
「福は要るんかぃ?」
 大きな人影が前に出ると濁声が響き、百介は首を横に振りました。
「富は要らんかぃ?」
 次に前に出た愛嬌のある声にも、百介は首を横に振ります。
「嫁は要らんかぇ?」
 三番目の人影の妖艶な声に、顔を赤らめた百介は、ブンブンと音がする程に激しく首を振りました。
 最後の四番目に、やや小柄な人影が前に出て、低い声で囁きます。
「おやおや、本気で妖怪が要りようで?」
「は、はい。このような山深い家ですから、妖怪でも居てくれると私は嬉しいです」
 百介は、今度はハッキリと頷きました。
 小柄な人影は嬉しそうに、りん、と鈴を鳴らしました。



 百介は今日も村に花を売りに出かけます。
「それでは行って来ますね」
「おぅ、握り飯は持ったか?」
「気ぃ付けてや〜」
「行っといでな、百介さん」
 三人に見送られ、百介は嬉しそうに、沢山摘んだ花籠を背負います。
 あの夜、訪ねて来てくれた者を無下に追い返すことが出来なくて、百介は『福』と『富』と『嫁』だと言って来た者達と一緒に暮らすことにしたのです。
「百介さん、早く売りに参りやしょうよ」
「はい、行きましょう」
 勿論、『妖怪』と名乗った者とも、百介は仲良く暮らしています。
 馴染みになった石仏に花を供えて「もぅ寂しくはなくなりました」と、毎日御礼を言うのも、百介は忘れることはありませんでした。




2008.05.03 -END-

 

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