狩猟(巷説U)

□《お義兄さんと一緒》
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「ちょっ…百介さんっ」
 幾ら何でも、そいつァあんまり殺生でやすよぅ。
 必死に食い下がる俺に、義理の兄である百介さんは、妥協も譲歩も赦さないとキパッと言い切った。
「駄目ですったら駄目です。又市さんは約束通り、夏休みの課題は全て終わらせなくては」
 アンタ、俺の母親ですかぃ。
 いや、なんつーか本気で俺なんかを家族と見てくれてるんだろうが。
 どっちかっつーと、義理の兄よりかは、求愛中の恋人って立場でいて欲しいんだけど。
「でもよぅ〜」
「課題が終わるまでは、遊びになんて行けませんよ」
 …変なトコで頑固なんだよな、百介さんは。
 でも、折角の夏休み。泊り掛けで遊びに行ったって、罰は当たらないだろう。
 海でも山でも、町中だって、百介さんと二人でデートなんて最高だろうが。
 ウキウキしていた俺だが、隠していた提出課題の山を百介さんに見付けられては、『遊びに行こう』なんて誘える雰囲気じゃなくなった。
 こうなってしまうと泣き落としも効かないので、俺は諦めの溜め息を吐くしかなかった。
「判らないところがあるのなら、遠慮なく聞いて下さいね」
 俺の三つ歳上の義兄は、優しくそぅ言って、提出用の分厚いワークブックを差し出した。


「うぅ〜っ」
「判らない処がありますか?」
 判らない処だらけなんです!!
 俺は家庭の事情で一年ダブってるから、余計に勉強なんて疎かにしてて。
 百介さんは、そんな俺を馬鹿にすることなく、熱心に遅れていた勉強を教えてくれた。
 正直、学校の先生より教え方は上手い。
 教科書や参考書を開きながら唸り続ける俺の肩越しに、スッと百介さんが首を伸ばして来て。
「ああ、そこは間違い易いんです」
 ドキンっ、と胸が高鳴る。
 百介さんの柔らかな聲、育ちのよい仕草、暖かな笑み。
 拗ねてグレて、手の付けられない問題不良児のレッテル張られた俺が、一目惚れしちまった優しい人。
 百介さんが近くに寄ると、どうにも香しい薫りが漂うようで、俺は呼吸も苦しくなる。
 ましてや、義理とはいえ弟の俺に迫られて肉体関係を持ったというのに、百介さんの優しさや暖かさは変わらない。
 つーか、恋愛感情がトコトン鈍いんだよ、百介義兄さん。
 左肩に触れそうな位置まで顔を寄せて来て、『又市さん』と綺麗な笑顔を見せられては。

 チュッ!

「…なっ、又市さんっっ」
 触れた唇を掌で押さえ、真っ赤な顔で退こうとした百介さんの肩を、すかさず押さえ付け床に倒す。
「又市さんっ」
「イイことしやしょうよ、百介さん」
「か、課題が先」
「だから、教えて下さるんでやしょう?」
 ねぇ…お義兄さん。
 嗤いを含んで首筋を嘗めれば、感じ易い百介さんはヒクンッと身を竦めて。
 可愛い反応に気を良くして、俺はその先をと進める気満タンだが。
「や、駄目っですったら…」
 抵抗は弱い癖に。
 まだ理性を取っ払えない百介さんは、往生際も悪く『課題が先』と繰り返す。
「あぁ、もぅ、黙りなせぇや」
 唇を重ねて、この人の意識も奪うキスを。
 今は、俺だけに溺れて下せぇよ、百介さん。




2008.07.16 -END-
2008.08.15 再

 

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