狩猟(巷説U)
□《お味は如何》
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カシリ、と。
又市が、爪楊枝にしては太く不格好な枝を口に咥えて、ガジガジと噛みながらコチラを振り返った。
「おや、お帰りなせぇ、先生」
「はい、ただ今戻りました…あの、又市さん?」
泊りの宿の一室。
近くの寺社回りから戻って来た百介は、小枝を咥えている又市に目を丸くして。
「あの、団子でも買って参りましょうか?」
襖に手を掛けたままの姿勢で、そんな事を言うのだ。
「へ?」
キョトンとする又市は、直ぐ様『ああ』と口にしていた小枝を手に取り、『そうじゃねぇンで』と百介の勘違いに苦笑を浮かべる。
「こんなのは先生ェも知らねぇでしょうが、どれ、物は試し、囓って御覧なせぇ」
手招きされるまま又市の前に膝を揃えて座った百介は、渡された小枝を、恐る恐る前歯で噛んでみると。
ぎゅっと、口の中に苦みと混じった清涼感が溢れたのに、驚きの表情を浮かべた。
「ニッキでやすよ」
「肉桂、えっ」
「いや、本物たぁ違いやすが…まぁ、先生ェにゃ珍しいモノでしょうよ」
ひもじくなった時に囓って、一時空腹を紛らわすンに使うんで。
「あぁ、やはり空腹でらした?」
百介が心配そうに言うのに、又市は笑って顔の前で手をヒラヒラと振った。
「いやいや、この近くにあったもんで。柄にもなく、ガキの頃ォ思い出して囓ってただけなんで」
スッと、口の中が涼しくなった気がして、百介は数回、小枝を噛み締めて苦くスースーする味を唾液ごと飲み下す。
枝をしゃぶって空腹を紛らわす、そんな過去をサラリと見せ付ける又市は、『百介には判らないこと』と笑って済ませている。
「まぁ、旨いモンじゃありやせんがね」
確かに。だが、なんとも不思議で素朴な味だ。
カシカシ、と。無言のまま小枝を噛んでいた百介の顎を、すいっと伸ばされた又市の指が、軽く摘み上を向かせて。
「?」
「ガキの頃は兎も角、下賤の札撒き乞食にとっちゃあ、こっちのほぅが…ね…」
若気た笑みを浮かべながら、又市の顔がぐっと寄せられて、百介の唇に口を重ねた。
ポトリ、と畳に小枝が落ちるが、気にするどころではない。
苦い味が、清涼感が、生々しい接触と相俟って、百介の熱を一気に煽っていた。
舌先で唇を突つかれ、瞼を閉じた百介は、又市の求めに応じて、怖々と口を開くと。
ヌチャリと擬音すら聞こえて来そうな程、又市の舌が口内に入り込んで、縦横に百介を味わい尽くそうとする。
百介よりも長く小枝を噛んでいた為なのか、又市の唾液は更にスースーする。
それを飲み下し、百介は又市の白い帷子に縋り付き、両手で握り締めた。
「ん…んぁむ…はぁ」
少し口が離され、夢中で空気を貪る百介に、又市は笑みを浮かべて、また口を塞ぐ。
何度も、繰り返す。
味が無くなるまで、いや百介本来の味になるまで、又市は貪り続けた。
やっと開放された時には、百介は真っ赤に茹揚がったようで息も絶え絶えに、又市に力無く縋り付くままになっていた。
「…百介さん…」
甘い又市の聲に、体をビクつかせ、潤みきった百介の瞳が、ユラユラと快楽の熱を欲して揺らめき誘い始める。
「又市さん…」
赤く濡れ光る唇が、又市の名を呼んだ。
熱を持ち、蕩け始めた百介の身体を拓いて、又市はもっと深く貪る為に、畳に暖かな身体を横たえる。
「このまンま、しやすかぃ」
百介は、僅かに抵抗して緩くかぶりを振った。
「このまま…抱き締めて…」
放さないでくれ、と。
可愛い強請りをした百介の背を、腕を回して強く抱き締めて、又市は顔中に口付けを落とした。
「…百介さん」
「まだ口寂しゅう御座いますか、又市さん」
私の知らない味を、もっと教えて下さいませ。
畳に落ちたままにされた小枝を横目に、又市は甘い悦楽の味を百介と共に味わい尽くす。
2008.08.15 -END-
2008.09.16 再