狩猟(巷説U)

□《早口言葉》
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「さぁさぁ、猫も杓子も踊れや踊れ。山猫回して禿が踊る――」
 笈から燥ぎ出る人形が、おぎんの客寄せ前口上に合わせて手を振り首を振る。
 道行く人がチラリとでも見れば、人形の巧みな動きに目を奪われ、耳に届く口上を聞けば心踊らせ足を停めさせる。
 子供や親の二三人も足を停めることが出来れば、おぎんの商売は大体が成功だ。
 後は次々と芋蔓式に人垣が出来て、おぎんの操る人形の動きに笑いや感嘆の声が沸き起こる。
 人山が出来れば見料としてのおひねりが出るし、それなりの稼ぎにはなる。
 百介は、おぎんの弾む口上を聞いて、顔を綻ばせた。
 いい歳をして子供の様に大道芸に夢中になってしまう百介のこと、おぎんの芸が上手くいってるのを見て、我が事のように喜んだのだ。
 だが、ここは宿へと続く通り道。人形繰りの邪魔をしてはならないと、百介は横目で黒山の人だかりを眺めて通り過ぎる。
 おぎんは、そんな百介を目敏く見つけ、花簪で頭を飾る娘人形を巧みに操り、恋に羞じらう仕草で百介に向けて手を振ってみせた。
 百介側にいた若い男が自分に向けて振られたと勘違いをしてドキマギと小さく手を振り返せば、人垣からどっと歓声が沸いた。
『良かったですね』
 被った笠の下で会釈を返して、おぎんの商売大入りを祈りつつ、百介は艶やかに弾む口上を背に、宿へと帰って行ったのだった。


「へぇ、あの山猫回しの客寄せ口上で、そんなに人だかりが出来るたぁね」
 日中に宿の回りの寺社巡りをしていた百介が、宿の帰りにおぎんの大道芸を少しだけだが見たことを、これまた札撒きを終えて宿に帰ってきた又市に伝えれば。
 どこかツンケンと棘のある口調で、『所詮は田舎で通じる芸でやしょうよ』なんて、又市は意地悪を言ったりして。
「そんなことはありません。とても見事な、聞いていた私も心が弾むような口上でした」
 ニコニコと笑う百介が、大道芸のおぎんを誉めるのを、又市は苦々しい思いで聞いていた。
『奴も、とんだ狭量で』
 例え仕掛け仕事の仲間であれ、百介の口からキラキラと零れるばかりの讃辞を向けられるのが、自分以外の者であるのが気に食わない。
 又市は、業と芝居掛かった仕草で、ふんっと鼻息荒く胸を反らせた。
「口上ならァ奴でも」
 出来ますよ、と続ける筈だった又市は、ズイッと身を乗り出して童のごとく眼を煌めかせる百介の紅潮した顔に、思わず口を噤んだ。
「私に、又市さんが口上を教えてくれるのですか」
「へ…はあ、まあ、おぎんの口上くれぇなら奴も覚えておりやすし」
「うわあ、是非教えて下さいっ」
 勢いに呑まれた又市が、カクカク首を縦に振ってしまったのは、百介のキラキラおめめに巻き込まれたから、なのは半割り本当だ。



「なめらかな滑り出し、聞いていて引込まれるような語り口、ですか」
 ふんふん、と何度も頷きながら百介は帳面に忙しく書き込みをしている。
 どうも百介は、又市の話すことを一言漏らさず聞き覚えてしまって、客寄せ口上といわれる芸を身につけたいらしい。
 教えている側の又市が逆に恐縮してしまう位、真剣な身の入れようである。
「先生ェも大道芸くれぇは見てらっしゃるんじゃア」
「はい、あの呼び込みの声などは、聞いていてとても楽しいですよねぇ」
 夢中になって見入った挙句、約束していた用事を忘れてしまった失敗も、百介にはあるくらいだ。
「でしたら、あのペラペラと良く回る舌ってェのを、まずは鍛練してみてくだせぇ」
 又市は、百介にニヤリと笑い掛けた。
「鍛練、と言いますと?」
「早口言葉ったら、先生ェもガキの頃ォやりなさったんじゃありやせんか」
「ははあ、早口言葉ですか」
 これが予想外に難しいことを、直ぐさま百介は理解した。



「あの竹垣にたけたきぇかきぇた…あれ?」
 最初に簡単なとこから、と又市の後について早口言葉を言う百介。
「あのたてがけぇに…う〜っ」
 だが、どうにもつっかえてしまう。
 先程から、何度も繰り返して、又市もゆっくりと言葉にしているのだが。

「いやそりゃ、あの竹垣に竹立て掛けたのは竹立て掛けたかったから竹立て掛けたのだ、でやすよ」
 スラスラすらりと言ってのける又市を、百介は尊敬と崇拝のキラキラな眼で見上げて。
「又市さん、凄いですねぇ」
「奴の場合は商売道具でやすから」
 口から産まれた小股潜りが、噛んだりつっかえたり吃ったりしたら、商売上がったりだ。
 ゆっくり言おうとしてみても、どうも百介はつっかえる。
 どうやら、性格もおっとりしている百介には早口の才能が無いらしい、が面と向かってはそう言いにくい又市だ。
 本人は必死で習得しようと努力しているのだが、『舌、短いンかな』と又市が案じる程。
「えっと…あの竹垣に竹たてかきぇたのはたきぇたたた…あらら」
「…もっぺんやりやすか(こらァ結構萌えるな〜)」
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