狩猟(巷説U)

□《絶叫っ》
1ページ/22ページ

1.


 海千山千弥勒三千、口から産まれた小股潜り。
 騙る騙す賺かす脅す、口先三寸で人も世間も化かし通す。
 そんな小悪党の又市は、己の正体を謀ることを、最初の最初っからしなかった。
 軽口に混ぜて、芝居掛かった口調で。
 真っ当な堅気に生きてきた百介に向けて、己という存在が如何に不吉で汚れたものであるか、嘘偽りもなく告げていた。

 従って。
 彼の言葉を聞いてはいても、正しく理解し把握しきれなかった百介に、一切の責任はある。

 小股潜りが、その非を断罪し、彼に懲罰を与えると言い出すまでは。

 闇に憧れるだけの素人でスッ堅気の百介は、真の闇の深さも暗さも冷たさも、全く何も気付きはしていなかったのだ。





 百介は、小悪党一味の仕掛けにとって、薬味のような存在だった。
 無ければ無いでも良いが、あれば尚更に良い、といった塩梅。
 百介が、控え目で謙虚で存外に聡く、しかも又市達に対し非常に物分かりがよい態度であったから、余計に重宝された。
「仕掛けにゃ必要なンだよ、あの真っさらな肩書きがァ。ありゃア重宝するだろが」
 しかも好き勝手に遣ってくれ、と本人の承諾もあるしな。
 又市は鼻先でせせら嗤いながら、顎でしゃくり隣室を指した。
「そりゃ…確かに、先生ェがコッチに居てくれりゃ嬉しいサね。御本人も妾達みたいなのとでも『一緒に居ると嬉しい』なんて言ってくれてるし」
 おぎんは、そわそわと上せたように隣室を窺っている。
「…又よォ、本気なんだな?」
 治平は苦虫噛み潰したような不調面を、更に歪めながら声を潜めた。
「…やっちまったら、もぅ取り返しが効かねぇんだぞ」
「それがどぅしたよ」
 もぅ十分、忠告も警告もして来た。脅しも賺しも見せて来た。
 彼に見せ付けて来たのは、不吉で悍ましい、人の負の部分だ。
 疎まれ嫌われても当然の、残酷な人の業の末路を、仕掛けに関わる彼にこれまで見せて来た。
 だが、それでも。
「そンでもォ…あの御人がな…こっちに片脚を突っ込んで来るんだからな」
 又市達を追って。
 百介は、何かお役に立てましょうか、と控え目に穏やかに下賤な人別外の又市達に笑みを向けてくる。
 どんな悲劇を目にしたとて、百介の視線は又市から外されることはない。

 それならば、いっそ。

 その暖かな日溜りのような百介の心根を、憎むように求める己の本心を、押し隠そうとし続けて来た又市だったが。

 いっそ……。

 泣き叫ぼうと悶え苦しもうと。
 彼に、地獄に墜ちてもらおうじゃあないか!?

 この、奴の傍らに。
 彼を捕まえて囚えて、決して手放さない。



「苦しむかねぇ」
 それは嫌だねぇ、とおぎんが苦く呟けば。
「狂っちまうかもなァ」
 耐えられねぇだろうよ、素っ堅気にゃアな。
 と、治平がそっぽを向いて吐き捨てた。

 そんな最悪な結末は、容易に予想が出来た。
 だが、又市は。

「…仕掛けるぜ」

 歯をむき出して、壮絶な笑みを浮かべた又市は、意味アリ気に隣室を暗い目で眺めて、再度仲間に宣言した。

「先生ェに、仕掛けるぜ!!」



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ