狩猟(巷説U)

□《茹る》
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 真冬の最中に“雪見”をする。
 場所は広い雪原がベスト、寒さ堪えて降る雪積もった白い雪を見るのが『オツだ』そうだが。
 如何に百介が物好きであっても、そこまで酔狂になれない。
 “雪見”をする者の気が知れない、と思ってはいたのだが。

 冬眠前の熊みたいに、着れるだけの着物を重ね着してドテラまで上に羽織って、百介は雪沓にカンジキまで付けて、ザックザックと雪原を歩いている。
「先生ェ、そのまンま転がったら見事な雪ダルマで御座ンすな」
 又市も、いつもの木綿の白帷子だけでは凍死すると、上に綿入れ羽織り雪簔を付けている。
 それにしても、返事も出来ぬ程に百介は疲労困憊。
 この雪原を歩いて、歩き続けて、もう何処をどう歩いているのやら。
「もぅ少しの辛抱で」
 だから、何処に連れて行こうというのか?
 山里から結構歩いて来たのだが。
 百介は息を荒げながら、先を歩く又市の背を睨んだ。
「先生ェ、あれ、見えやすか?」
 あれ、と指差した先に、黒い小山が雪を被って……いや、小山ではない。
 家だ!
 山中の一ツ家。
「……え」
 その家から吐き出されたように二人、人が姿を見せて又市と百介に気付いたか、大きく手を振る。
「ほーぅい」
 間延びした呼び掛けに、又市も手を挙げて応えつつ、百介を振り返った。
「さぁ、先生ェ。あそこまで、踏張って下せぇよ」



「湯治場、だったのですか」
「ンだァ。こったら雪深くなっちまうと、客も来てくれねぇだよ」
「鉄砲使えば、こったら雪山ン中でも嬶と二人で生きてけるだよぅ」
 モコモコの百介に『熊が出たかと思った』なんて笑いながら、一ツ家の夫婦は家の裏にある天然温泉に案内してくれた。
「ちと待ってけろや、雪さブチ込んで温くするだで」
「は?」
「夏にゃ裏の小川さ流れ込んでて、まぁ塩梅よぅなっとるが、今は凍っちまてな」
「ははぁ」
 百介、とにかく寒くない程度に重ね着を脱いで、湯煙りあげる裏の温泉に手を浸してみた。
「熱っ」
「そりゃ先生ェの手が冷えてるんでさ」
 又市は下帯のまま、ザバザバと湯を被ると、ざんぶと湯船に身体を沈めて『ふぅ』と気持ち良さそうに息を吐いた。
 それじゃあ、と百介も震えながら着物を脱いで、湯を被る。
「ひゃああ」
 熱いんだか寒いんだか、ピリピリするような肌の刺激に百介は奇声を上げなから、又市の隣りに身を浸した。
「はははっゆっくり温くまってけれな」
 熱くなったら雪を入れて温度を調整しろ、と雪掻き棒を手渡し、主人は家に入っていった。
 残されたのは湯に浸かる又市と百介の二人。
 湯気の中で、手足もポカポカになり、回りの冷たい雪原を見渡せる余裕も出て来た百介だ。
「こんなところに湯治場があるなんて」
 百介は温泉に浸りながら、又市の顔の広さに尊敬の眼差しを向ける。
 照れ隠しか、バシャリと湯で顔を洗った又市は、『なぁに、山里で聞き込んだんで』と笑って言う。
 又市からの笑顔を至近距離で見た百介は、つい頬を赤らめて視線を外した。
「でも、良い温泉ですね…有難う御座います、わざわざ私なんかを連れて来て下さいまして」
「…先生ェじゃなきゃ、連れて来やしませんよ」
 湯の中で、素早く又市の片手が動き、百介の下腹に触れてきた。
 キュッと先端を摘まれて、百介はバシャリと腰を撥ね上げる。
「まっ又市さんっ」
「平気でやすよ」
 宿の二人にゃ聞こえてやしませんから。
「又市さん、アナタまさか」
 端から、こぅいぅつもりで?
「こぅいぅったァ、こンなので」
 悪戯な又市の手の動きは、逃れようとする百介の機先を制して、好き勝手に動き回る。
「あンっ…」
「…茹ってくだせぇ」
 奴に、と。

 又市は百介の肩を引き寄せ、湯船に浸かったままで口付けた。




2008.11.20 -END-

 

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