狩猟(巷説U)

□《抱き締める》
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「ぎゅっ、て…してくれますか」
「は?…ぎゅっ?」


 今年の正月、御年賀(お年玉もらう歳じゃない)をくれと奴に強請った百介先生。
 確かに。
 昨年のクリスマスは、奴の仕事が詰まっていて二人っきりのイブのお祝いが出来なかった。
 先生が寂しくないようにと、おぎんや治平のとっつぁん達がパーティを開いて皆で賑やかに騒いだそうだが。
 奴ときたら仕事で飛び回っていて、クリスマスが終わった26日の深夜に漸く塒へと帰れた位だ。
 一階には治平とっつぁん夫婦の小料理屋、三階には奴の探偵事務所が入っている、テナントと住居兼用ビルの最上階で、先生と奴が一緒に暮らしている。
 疲れて塒に帰った奴を、夜も遅いのに起きて待っててくれた先生。
『御仕事ですから、仕方がないですよ』
 私のことはお気になさらずに。
 それよりも又市さんは御自身の体に気をつけて下さい、と微笑む先生が健気で儚げで、何度も詫びながら翌朝も早くから仕事(DV被害に苦しむ女性とその子供を無事に保護し、かつ完全に避難の上で離婚させるという依頼)に走った奴。
 なんとか、除夜の鐘までには仕事の目処をつけ、新年の仕事始めから警察や家裁や役所への諸手続きするところまで漕ぎ着けられた。
 やっと塒に帰り、その報告をすれば『良かった』と我が事のように安堵の息を吐き、先生は『又市さんのお陰ですね、御立派な仕事をなさいました』とキラキラ憧れと尊敬の眼差しで奴を見詰めてくれる。
 面映ゆい気持ちは扨置き、折角のクリスマスに恋人一人きりで寂しい思いにさせたことを謝りながら、何か欲しい物はないか、と奴は尋ねた。
 プレゼントも貰うだけで用意出来なかったから、なんでもしてやろうと気合い入れていた奴に。
 先生はニッコリと綺麗な笑みを浮かべて、冒頭の台詞を口に出したのだ。
「御年賀、ということで」
 お年賀ったって、百介先生ェ。
「…新年の挨拶は、先程済ませやしたよね」
 奴の確認に、はい、と先生は頷いてみせ、ぽっと頬を赤らめる。
「ですから、まぁ…その…本音を申しますとね」
 先生は少し口ごもり、チラリと上目遣いで奴の顔を見る。
「…寂しかった、と…我儘を言っても許してくれますか、又市さん?」
 か、可愛ぇ〜っっ。
 奴は勢いのまま、先生の背に両手を回して引き寄せ、ぎゅうっと強く抱き締めた。
 力加減も出来なかったから、先生は痛かっただろうが、僅かに目を細めただけで奴の背に優しく暖かな手が回される。
「先生ェ…」
「お願いですから…」

 ぎゅっ、て、して…。
 私を、抱き締めて…。
 そして…

 その先を、百介先生の口からは言わせたくはなくて、奴は抱き締める力を強くした。


 強く抱き締めて…。
 どうか、私を、離さないで…




 2009.01.03 -END-
 

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