御馳走(戴物)

□《アイドル伝説・百介》
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あいどる伝説・百介


「なんじゃとて!?生駒屋の百介さんを付け狙う奴等が?」
 西村屋の御隠居が、入歯を吹き出して喚いた。
 つーか、『ふがふご』と何かを唸っている。
「お父っつぁん、落ち着いて下さい」
 大旦那である息子が宥めている間に、急いで入歯を拾い上げた孫の若旦那が、もう直に還暦迎える爺様に木製入歯を渡す。
 精巧な総入歯なので、何だか手に持つのも怖い
 ひったくるように受け取り、口に嵌込んだ爺様は、再び怒鳴った。
 今度は息子や孫にもハッキリと聞き取れた。
「何処の馬の骨じゃっ。この京橋界隈には、そんな馬鹿者は居らん筈じゃぞ
 私だって半信半疑なんですよ、と若旦那。
「それが、爺様。百介さんは気が付いてないようで」
「ぽっと出の田舎モンかな」
 孫と息子が首を捻るが、気の短い年寄りは大人しく聞いてはいなかった。
「なんでも良いわっ。ええいっ、急ぎ旦那衆に知らせを回すのじゃっ」
 地団駄踏んで喚く爺様、入歯がカチカチ鳴りながら座敷の宙を飛んだ。



 取り乱した知らせが旦那衆に回り、訳が判らないまま西村屋の御隠居も交え、とある料亭の二階座席に皆が集合となった。
 ずらりと揃った面々。
 いずれも立派な商人ではあるが、何故か額に桃の絵柄と“命”の一字が入ってる鉢巻きと、揃いの桃の絵柄の法被を羽織って居る。
 西村屋の御隠居の背後には『桃・助・講』の巨大な垂れ幕が、何やら物々しい文字で書かれている。
『お助け講』かいな?
 と、甘く見てはならない。
 指図め、現代風に訳すなら『ふぁんくらぶ』の緊急集会である。
「急遽、御揃い戴き有難う御座います。さて、我等が本尊の百介さんに、何やら不穏な気配が近寄っております様子」
 ザワザワと一同、怒りと驚きにざわめいた。
「我等“桃助講”、心得の条ーっ」
 鶏が首絞められるような声で、西村屋の御隠居が叫び、皆が後に声を合わせながら続く。
『我が命、我が物と思わず。講のこと、あくまで影にて。己の器量を伏し、御本尊様を御守りすべし
 ハモる声が怖いっ
「賛同多数によって、我等全力を挙げて、御本尊様を御守り致すことを決定します」
 パチパチと拍手が沸く。
 かくして、お江戸『百介さん、ふぁんくらぶ』会員は、怒濤の勢いで動き出したのだった。



 そもそも。
 生駒屋の百介さんが若旦那の頃、先々代の旦那が元気であった時のこと。
 聞き上手で人当たりの柔らかな百介は、父親に連れられたり、または名代として旦那衆との集まりにも顔を出してはいたのだ。
 その日、西村屋の爺様が旦那衆の集まりに出て来たは良いが、卒中の発作でブッ倒れてしまった。
 一同、慌てふためき、水だ薬だ医者だ坊主だと騒ぎ立て、一旦は心臓が止まってしまった爺様だったが。
 百介が、『西村屋さん』と呼び掛けた時に。
 カッ、と爺様、目を見開き、実の息子は愚か駆け付けた医者までが腰を抜かした座敷の中で。
「おお、ありがたやアリガタヤ」
 爺様の一番側にいた百介の背後から、後光が差して見えたんだ、とか。
 かくして、西村屋の御隠居様が言出しっぺの『生駒屋の若旦那を拝むと極楽に行ける』会、または『百介さんを拝んで百まで生きよう』会が発足。
 たちまちに御近所の旦那衆が賛同し、『可愛い百介さんを鑑賞しよう』会が拡大、そこに若旦那衆による非合法『百介さんの“処女”を守る!!』会が合併、幾多の離散集合を経て、今の『桃助講』が出来たのである。
 勿論、本尊“あいどる”様は、百介さん。
 何かの会合で生駒屋から百介さんが来る、となれば。
 出待ち引き待ち、列をなして百介さんを迎えるわ。
『もっ・も・ちゃ〜んっ』の掛声は歌舞伎の看板役者に対する声援もかくや、の有様。
 サイン入りのプロマイドは(この時代にカラー写真はないので)無理だが、実は愛らしく笑む百介の姿絵が密かに出回っていたりもするのだから、江戸時代にもアイドルオタクは健在



「喜三郎……なんですか、あれは?」
 外出しようとしていた百介は、生駒屋の前に揃った『桃助講』青年会員(つまりは、御近所の若旦那衆)に困惑の目を向け、傍らの現生駒屋主人に尋ねた。
「何かありましたか、若旦那?」
 すらっ惚けた喜三郎だが、百介を主筋と立てて日頃から『百介命っ』を実行している『桃助講』名誉永久会員である。
 簡単には尻尾を出さない
「いや、だって…」
 なんか店の前の雰囲気が、怖いんですけど。
 殺伐とした雰囲気を察してか、百介が『行こうか、どうしようか』と迷う気配に、喜三郎はサッと目配りを向けて。
「お気に為さらずに。ささっ、いってらっしゃいまし」
 喜三郎、ナイスフォローである。
 すかさず知り合いの若旦那が、さも偶然といった風を装い百介の警護に付いた。

 俄か“ぼでぃがーど”ながら、万全の守備体制である。
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