御馳走(戴物)
□《しゃばけ巷説コラボ》
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長崎屋の離れは、朝から賑やかであった。
きょわきょわ きょわきょわ
今日は若旦那の調子がよく、朝餉もしっかりと食べることが出来た。手代達の機嫌もすこぶる良好だ。
きゅわきゅわ きゅわきゅわ
「お前たち!若旦那の邪魔をするんじゃないよ!」
仁吉の怒声も心なしかいつもより柔らかい。
ぎゅんわー!!きょわきょわ
……鳴家達が慌てふためく。
そのちょろちょろと微笑ましい光景に思わず一太郎は笑みを零した。
(やれやれ普通に朝餉を食べたくらいでここまで機嫌をよくするなんて)
(でもいいことだね。今日は百介さんがきてくださるんだし)
彼の話はいつも面白い。百物語を開版するために各地に訪れているだけあって話も上手いし、なによりその行動力が、体の弱い若だんなには憧れだった。
「随分と機嫌がいいじゃないか、若だんな。山岡先生がくるんだって?…いやいや楽しみだねぇ」
「屏風覗き……悪さはしないでおくれよ」
屏風からするりとでてきた派手な男はよろしくない笑みを浮かべた。
「別にあたしはなんにもしやしないよ」
「大丈夫ですよ、若だんな。こいつがなにかしようとしたら、即刻井戸に突き落としてやりますから」
「頼んだよ仁吉。」
「な……っ!若だんな!!」
屏風覗きが眼をひんむいて悲鳴をあげる。
(ふふ、屏風覗きは妙に百介さんを気に入ってるからねぇ。)
少しきつく言っとかないと。鳴家を使って、音をたてたり、あの手この手で百介をからかうのだ。
……そのたびに
『鳴家……という妖怪がいるんですがね。それでしょうか……』
『長崎屋には憑物神くらいいそうな気がします』
などと煌めく笑顔で言われて一太郎はどうにもいたたまれなくなる。
大概百介の膝の上には鳴家が数匹乗っていたりするのだから。
「あれだけ妖怪が好きなのだから、見えても良さそうなんだけどねぇ」
ぽつりと漏らした言葉は、仁吉に拾いあげられた。
「それは無理ですよ、若だんな」
「分かっているよ。けどねぇ…」
「普通の人には妖の類は見えませんよ。力の強い妖怪は別ですがね」
(分かってはいるんだけどねぇ)
あの人の笑顔で妖を語る姿を見ると、どうにも心苦しくなってしまう。
結局は己の我が儘かと苦笑を漏らすと、屏風覗きが思いもかけない事を言った。
「第一ね若だんな。あの先生はさ、あたしら妖怪の事を信じてやいないと思うよ。」
「へ?……そんなわけないだろう?」
「へーぇ。屏風覗き、お前さんにしては良いとこをつくじゃないか」
「仁吉も何を言うんだい!?そんなわけないじゃないか!」
「そんなわけあるんだよぅ、若だんな」
屏風覗きは鳴家を摘んでからかいながらこちらを見た。ぎーぎーと鳴家がその手にじゃれつく。
「あの先生はね――そりゃ昔は違ったようだけど――信じてる妖怪はあたしらのよう物達じゃないよ、もっと別のものさね」
若だんなのお茶の減り具合を気にしながら仁吉も珍しく同意している。
「そうですよ若だんな。……………なんといいますかねぇ。妖怪を信じてるというより、怪異を信じてる……そんな感じです」
「そんな感じって…お前さん達」
よく分からない。妖から見て彼はどう見えているのだろうか。
††††††
かたり、湯呑みが音を立てた。
「ははぁ………。なかなか鋭い所をつきますねぇ。」
恥を知らぬ問い掛けをしてしまったと、縮こまっている一太郎の横で百介は心底感心していた。
なるほどなるほど良く的を得ている。
――百介さんは妖怪を信じていらっしゃるのですか?それとも怪異を信じていらっしゃるのですか?――
言われてみれば、なるほど。
「妖怪と怪異……ですか」
「無礼な質問だったでしょうか…?」
「そんなことないですよ。」
妖怪か、怪異か。
なぜ一太郎がそのように感じたのかは百介の想像の及ぶ所ではないが、……そんなにも分かってしまうものなのか。
昔はただ純粋に妖怪を信じていた。小豆洗い、柳女、野鉄砲…………皆たしかに存在すると。
今だって信じていると、思う。
存在だってしていると、思う。
…だが、怪異は又市だ。彼の白い御行が裏で手を組み、糸を引き、甘言を弄し、策を巡らす。
それは全て、妖に通じる。
「百介さん……?」
妖怪の噂を聞くたびに、昔は純粋に会いたくて、一目見てみたくて、各地を回った。
今はどうだ?…その裏を期待してしまう自分がいる。
妖怪ではなくて、その裏にいるはずの、白い姿を。
一目見たいと、会いたいと…。