狩猟(巷説)
□闇宗主《腹立ち紛れ》
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すらりと立つ姿は、闇の中でさえも、燐光を放つごとく。
周囲を睨め回す双瞳は、異彩の金泥。
「うぬら……」
赤い唇から零れた低い声は、凍り付く刃のように周囲を切り払った。
『御宗主、どうか…』
『どうか、お静まりあそばせ』
『…宗主様』
辺り一帯に、平伏した妖怪達が、身を震わせつつ懇願の声を唱和する。
手近に跪いていた、鳥と熊とをごちゃごちゃに合わせた牛程の体躯の妖怪に目を落とし、その羽毛に覆われた太い首を、ほっそりした片手のみで掴み宙吊りに持上げた。
闇の宗主たる、百介は、怒り狂っていた。
「あの人の白帷子が、血で汚れたでしょう?」
ぎぃぎぃと、木を擦り合わせるような、悲鳴を上げてもがく巨体を、苦にもせずに腕一本で持上げたまま。
百介は、ニッコリと笑った。
こぅしてくれよう。
無造作に、妖怪の眼に突き入れる自由な片手の白い指先。
ぐちっ、と目玉を潰した指を引き抜き、もう興味を失ったかのように首を掴んでいた手を解く。
ギャーギャー泣き叫び、転がるように目を潰された妖怪が、仲間の後ろへと逃げ込んだ。
「うぬら…誰があの人に手を出して良い、と言った?」
あの御行が、誰のものか判っているんだろぉ?
知っている筈だよねぇ?
『宗主様、我等は決して』
『ただ、あの無礼な人間めに』
身の程を思い知らせ、御宗主の意に従わせようとしただけで。
「余計なことを」
吐き捨てるように、口々に弁護を計る小賢しい妖怪達を金泥の一閃、一睨みで薙ぎ払う。
「私が、好きにしてるんだよ」
あの人に、余計な手出しをするンじゃないっ!
「………喰い尽くすよ…」
獰喝ですらない、決定事項。
その声を最後に、周囲の妖怪は、ことごとく消え失せた。
痕跡すら、無く。
ただ、百介の足許から拡がった闇に瞬時にして呑まれ、消されてしまったのだ。
「……やれ、調子に乗るからだよ」
自業自得、と百介はヌタリ、牙を剥く。
「私が、いつ、人間に懐柔されたって?」
又市さんは、特別。
あの人になら、蕩かされても嬉しいねぇ。
ニンマリと笑む百介は、次に辺りを見回し溜息をついた。
この辺りの妖怪を、皆、喰らってしまったか。
さて、どうしようか。
「……うん、また生み出すしかないかしら」
巷の噂に紛れさせて、妖怪奇談が浮かび上がる。
人の業の凝るところ、曰く因縁集うところ、魑魅魍魎妖怪変化が跋扈する。
それを操るは、妖怪遣い。
陰に棲む彼等を統べるは、闇の御宗主。
「…懐柔なんてされていないよ」
寧ろ……私が、あの手この手で、あの御行を手懐けようとしてるのさね。
邪魔をおしでないよ!!
生き残った僅かな小物妖怪に鋭く言い放ち、百介はゆるゆると歩き出した。
拍手SS
2008.02.05
2008.02.29 再
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