狩猟(巷説)

□《言霊》
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「なんでィ、ありゃア」
 全く、鬱陶しい限りだぜ!
 治平の、苦虫噛み潰したような顔が、いつもの倍以上は顰られていた。
「あ〜、アレかぃ?馬鹿なヘボ探偵が、とっても優しい会長を怒らしたのサ」
 おぎんは現状を端的に説明すると、馬鹿なヘボ探偵こと又市を、美女なだけに厭に迫力のある表情でせせら笑う。
 実際に開店前だとはいえ“化野”の店内では、必死に謝り倒して何とか相手の御機嫌をとろうとする又市と、探偵事務所のオーナーでもある百介が、拗ねた様な表情のままソッポを向いているという、まあ痴話喧嘩の真っ最中で。
「確か、今日はお偉いさん方の茶会があるって話だったな」
「小右衛門と妾が呼ばれていたんだよ」
 どーせ財界やら政界やらの縁結びを狙った集団見合いみたいなもんサ、とおぎんは冷たく吐き捨てた。
「だから小右衛門も、妾の婿には先生って決めた人がいるって牽制の意味もあってね」
「それでか。御燈の親父が、喜色満面って面で先生を連れ出したのは」
 腑に落ちた、と治平は膝を叩いて唸った。

『やっと一人娘の婿が決まりましてな、ガッハッハッ』
 と、小右衛門は、娘のおぎんと婿予定の百介を両手の花にして、茶会に集まった親の七光りばかりの馬鹿野郎共に一泡吹かしてやりたかったのだが。

「まさか又さんまでついて来るとは…親父も抜かったねぇ」
 おぎんは悔しそうに、痴話喧嘩の二人を、というか又市を睨みつけている。
 実際に、又市さえいなかったら、小右衛門の目論み通り、おぎんは晴れて百介の婚約者となり公の場で婚約発表。
 訳が判らないまま有名人著名人集まる会場へ連れ込まれた百介には、押しの一手で無し崩しに結婚を承諾させて、とまあ…強引ぐマイウェイ押し切るつもり満々であったのだが。
 又市が会場に現れ(招待状が無ければ、あの茶会会場であった超有名高級倶楽部には入れない筈なのだが。どうやって入ったのかは、おぎんも怖くて尋ねられない)何やら百介に話し掛けるや否や。
 百介は、小右衛門とおぎんに「失礼致します」と挨拶するやいなや、顔色さえ変えて、会場から脱兎の如く帰ってしまったのだ。
 又市の襟首捕まえたままで、である。

 慌てて百介の後を追ったおぎんは、こうして開店前の“化野”で一方的な痴話喧嘩を繰り広げている二人を見る羽目に陥った訳、である。

 百介が袖を通す落ち着いた渋い色合いのスーツは、見るものが見れば唸り声を上げるだろう、さりげなく着こなされた高級品。
 かたや又市は、と言えば、仕事着と丸判りのする安さ爆発量販スーツ。
『どぅ見たって、月と鼈だよねぇ。何だって先生は、こんなヤツが好きなんだろうねぇ』
 おぎんは髪を掻き毟りたくなる。
 そんなおぎんの様子を察したか、治平が『席を外そう』と身振り手振りで伝え、白熱しだした百介と又市の痴話喧嘩の場から、二人でそっと抜け出した。

「嬶の渋茶でも飲んでいきな」
 それと気ィ落とすんじゃねぇぞ。
 幾らでも又の隙ィ狙うチャンスはあらァな。
 そう煽る言葉を吐いて、治平は意地悪く忍び笑う。
「判ってるよぅ。ふんっ!又さんばっかりに良い思いをさせて、堪るかってンだぃっ」
 鼻息も荒く、おぎんが応えた。



 この後、“化野”では。
「酷いですっ、又市さんったら」
「済みやせん…てか先生ェ、何をそんなに怒ってなさるか、理由を言って下せぇよ」

 ますますヒートアップして参りました様子。
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