狩猟(巷説)

□《パパと俺のラプソディ》
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@はじまりは


 「又ン家行くの、久しぶりやな」
 クラスメートの林蔵は、ウキウキとスキップしそうな勢いで又市の前を歩いている。
 常にも増して上機嫌な上に、倍以上は饒舌な林蔵を、又市は舌打ち交えて睨みつけた。
「帰れ、テメエは」
「アホぅ。こんな機会、滅多にあらへん、逃すかいな。大体オノレが…」
 林蔵はニタニタ笑顔で又市を振り向くが、小柄な彼の殺意篭る目付きの険悪さに気付き、急いで視線を前に戻した。
「俺が、何だよ?」
「いーえ、なーんも

 悪友の又市は、滅多に自分の塒に他人を入れない。
 小学校の家庭訪問の時でさえ都合六年間、散々担任の先生相手に「家に来るな、学校での三者面談にしろ」とゴネ捲くったのだから、筋金入りだ。
 理由は、簡単。

「お義父さんは、今日家にいるんやろ」
「テメェ…なに先生に期待してやがる」

 又市は幼少の頃に親と死別し、血縁関係のない大人に引き取られ、養子となった。
 養父となった相手は大学の准教授。決して悪い相手ではない。
 寧ろ賢いぶん大人を信じ切れずに頼ることすら撥ね付け、捻こび捲くっていた又市の心を癒し解きほぐしただけでなく、心底慈しみ実親よりも愛して一緒に暮らして来た相手だ。
 従って当然のことながら又市が養父を慕うこと、半端ない。
 寧ろ自分が彼を守らねばと、又市はガキの癖に一丁前に片意地張ってみせる。
『又市の心配も、判らなくもないわな〜』
 互いの家の事情を腹蔵なく話し合った仲である。
 だから林蔵は、又市の複雑な心情を知っている。
 なにせ又市が愛する養父は、とても優しく可愛い美人の天然さんなもので。
 又市が常に目を光らせていないと、本人にその気が無くても、変な虫が寄り集まって来てしまうのだ。



「先生ェ、ただいま帰りやした〜」
「お邪魔さんで〜」
 玄関で靴を脱ぎながら、又市と林蔵が声を掛けると、パタパタと台所から早足で見た目にも若い男性がやって来た。
「お帰りなさい、又市さん。林蔵さんも、久しぶりですね」
 カーディガンの袖を捲り、養父である山岡百介はニッコリと柔らかく暖かな笑みを最愛の息子と友人に向けて、居間に招き入れた。
「先生ェも元気そうで」
 目的は百介先生、と丸判りな林蔵の頭を背後から一つ叩き倒し、又市は課題レポートを纏めるから、と百介に言った。
「先生の持ってる本、借りたいんですが」
「ええ、どうぞ使って下さい。あ、ジュースとお菓子…気が利か無くて済みませんね」
「いえいえ、お構いなくぅ〜」
 林蔵は鼻の下を伸ばしながら、イソイソと台所に戻る百介の背を見送った。
「…相変わらず、メッサ美人やんけ」
「…林蔵…ここはマンションの7階だぜ」
 窓から放り出されたいか、と又市に凄まれ、林蔵は慌てて首を横に振る。
「それよか、オマエまだ、『先生』て呼んどるんか」
「…悪ぃかよ」
「せやから、『お父さん』とか『パパ』とか呼んでやりぃな」
「呼べるかっ!」
 百介に引き取られた最初から、又市は彼を『先生』と呼んで現在に至る。
 百介が、本当は息子に『お父さん』と呼ばれたがっているのは知ってるが、又市の側に妙な意識があり素直に呼べないのだ。
「だでぃ、でもエエな〜」
「アホかっ」
 何を妄想したのか、タレ〜ンと目尻と鼻の下を伸ばす林蔵に、又市は舌打ち混じりに吐き捨てた。
「おら、レポートを纏めなきゃ職員室呼出しだぜ。俺に泣きついて来たのは、手前の方だろが。真面目にやらんと、二度とウチには入らせねぇぞ」
「そやった〜っ、明日までに持ってかな、アカンねん」
 又市の揶揄混じりの声に、林蔵は慌ててレポート用紙をガサガサめくった。



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