狩猟(巷説)

□現代版巷説《頑張れ田所刑事》
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「いいかね田所君、次の昇級試験は、何がなんでも受けて貰うよ」
 部長、署長に県警署長までズラリとお供引き連れての『御願い』に、普段から女には縁遠い田所刑事の顔も更に歪む。
「しかし、自分には今抱えてるヤマが…」
「何、今日明日にでもホシを挙げるよう、一課の連中には良く言っておく」
 事件なんぞ放って良いから、試験を受けろとの矢の催促だ。
 市民の安全を守る法の公僕としての自覚に欠けた発言に、田所の額にも青筋が浮かぶ。
「いっ・やっ・ですっ。どーせ階級が上がれば問答無用で奴の…山岡検事にくっつけようって腹でしょうに!」
「良く判ってるじゃないか」
「あの検事は有能なんだが、部下が付いていけないのが難点だ」
 上役一同揃って重い溜息を吐く。
「最初に付けたのはベテランだった、新人検事を上手く補佐してくれるものと期待していたんだが…」
「一年で体を壊して入院、激務に耐えられないと辞めてしまった…」
 あーそりゃあなあ、と田所も溜息を付く。
 本腰入れた山岡軍八郎検事は、どんな些細な事も見逃さない。で、あるなら当然、検事に付く部下も寝食忘れたような激務に付き合う訳で。
「次に充てたのが、前回の徹を踏み若いヤツだった。上昇思考もあり、バリバリやってくれるだろうと期待していたんだが…」
「『自分より迫力があり過ぎる』だの『霊界はいやだ』だのとブツブツ言い始め、ついに半年でノイロってリタイアしてしまった…」
 もう少しは粘れるかと期待したんだが、と署長は悔し気に言うが。
『そーら、ノイロっちまうぜ。山岡の取調べは半分神懸かりに近いモンな〜』と考えながら、田所は形だけでも腕を組む。
「それは、また…ご愁傷様で…」
「以来、あっちの県警、こっちの県警と片端から有能そうな部下を推薦したが…最長で2年持てば良い方だ」
「おたくの部長の親族とかいう、体育会系のエリートは?」
「アイツは駄目だった。一月位で荷物纏めて郷里に戻ってしまった」
『戻らされたんだよ』
 ケッケッケッと質の良くない笑いを胸の内に納め、田所は思案気に天井を眺めた。
 先の縁故で出世した男、依りにも寄って軍八郎の最愛の弟に目を付けたのだ。
 厳格そうなコワもての兄と違い、あの優しいおっとりとした人の善い弟を、一目見て横恋慕。
 で、弟君の恋人と実兄に苛められて、耐え兼ねたらしい。
『ま、誤射だと言って俺も足下に実弾撃ち込んでやったしな』
 あの又市と軍八郎がスクラム組んで何をやらかしたのかは、田所だって知りたくもない。
 何よりも、山岡百介。
 一旦こうと腹を括ったら、何しでかすか!!
 …あの兄貴よりも怖いっ!
 そんでもって恋人の又市のヤツは、百介にメロメロで、暴走止める処か協力しちまいやがるし。
 何故、兄弟揃って面倒事を増やすっ?
 田所の不機嫌は増すばかりである。
「良いねっ、次の試験だぞ。絶対に受けろ」
「本部長命令だからな」
「頼む、山岡検事のストッパー役は、お前しか出来んっ」
『へーへー、サイザンスか』
 田所刑事の額の青筋は、既に食べ頃のメロンのごとし。

 頑張れ田所、負けるな田所!




2007.07.12-end-

 

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