狩猟(巷説)

□現代版巷説《負けるな田所刑事》
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「田所君、ちょっと」
「はあ」
 一課の課長に呼ばれ、不承不承、嫌々ながら席を立つ。
 田所真兵衛、なによりも『市民を守る』には現場が第一、の熱血刑事である。
「3日前に公園で見付かった遺体の、身許が割れた件で――」
「あ〜、皆まで言わなくとも結構です。自分が山岡検事に付けば宜しいんですね」
 山岡軍八郎検事は若いながら優秀で、しかも田所刑事とは幼馴染みである為か、しばしばこうして担当刑事となる。
「飲み込みが速くて助かる。検事は…」
 課長が説明の為に口を開くより早く、何とも形容しがたい騒ぎが一課に近付いて来ていた。
「田所っ、居るか?このヤクザ上がりのヘボ探偵を逮捕してくれっ、罪状は後から適当に見繕ってくれるわっ」
「田所の旦那ァっ、この石頭兄貴に一言いってやっておくんなさいよっ」
「ぃやっかましぃワ!手前ェ達纏めて射撃の的にしたろ〜かっ」
 一課のドアを開けるなり喚き立てる招かれざる客に、田所も反射的に怒鳴り返してから、ハタッと我に返る。
「…あ〜、ゴホンっ、何があったって?」
 咳払いで誤魔化し、課長以下、潮が引くごとくに刑事が居なくなった部屋を忌々し気に一睨みくれてから、田所はクソ不味い茶を自分の為に入れて、渋い面を益々歪めた。
 霜枯れの閻魔様だの、女難避けの御本尊だの、あまり誉められない面そうが取調べ時のように皺を寄せて、更に怖い田所。
 そんな『迷惑千万!!』と表情にアリアリと浮かぶ田所の都合なんぞ、『聞いちゃいねーよっ』の勢いで、二人の男は交互に自己主張を始めた。
「百介が、一人で学術調査に出掛けたんだぞ!!」
 これが落ち着いて居られるかっ、と過保護な山岡軍八郎検事が喚き立てた。
「仕方無いでやしょうにっ。今回はゼミの学生を大勢連れて行くからと、奴だって遠慮したんでやすよっ」
 一人じゃありやせん。おぎんも一緒に同行して、何があったら直ぐに連絡するよう約束させやしたよ、と私設探偵を名乗る又市も怒鳴り返した。
「待て、マテまてっ、あの先生ェが?学術調査、だと?」
 別な意味で、田所刑事の額に青筋が浮く。
「馘括家の古文書を見せて貰う、と言っておりやした」
「おいっ、馘括…ったら、公園のホトケさんの身許が、確か…」
 馘括とか言ってなかったか、と田所は又市と顔を見合わせる。
「そこン家の三男が、こっちの大学に入ってて、その縁で…確か蔵開けに立会う話が急遽纏まったそぅで」
 へぇ、あのボンクラ息子、くたばってたんでやすかぃ?
 今度は軍八郎と又市が、顔を見合わせ…嫌そうに互いにソッポを向く。
「まてコラっ、行った先でホトケさんが転がってるなら兎も角、出掛ける前から事件が始まってやがるじゃねーかっ?」
 山岡百介、某私立大学の准教授をしているのだが、何故か事件に巻き込まれる確率が異様に高い。
 一説には、民俗学をしているせいで『眠っている妖怪共を蹴り起こしにフィールドワークしてる』のだ、と陰口叩かれる程、異様で奇怪な事件に出くわすのである。
 軍八郎は愛弟が心配の余りに、手近な又市の首を締めに掛かる。
「又市ぃっ、貴様っ百介に何かあったらど〜する気だっ!」
 がっくがっくと頭をブチ振られ、脳挫傷になりかねんと、又市は渾身の力で軍八郎の腕を振り払い、田所刑事をビシィッと指差して命令口調。
「どーするもこーするも、先生ェ追い掛けるのが先決でやしょうにっ」
 事此所に至っては、否も応も無く、事件は勝手に百介を巻き込んで始まってしまってる。
 一刻も早く、現場に行かねばならん、と田所は背広を掴んで立ち上がった。
「直ぐに車を出すっ。どうやらホシは百介と同行してるらしいぞっ」
 バタバタバタと来た時以上の騒がしさで、三人が一課から飛び出して行く。
「課長、どうしますか?」
 漸く静かさを取り戻した刑事課内で、恐る恐る『田所刑事一人で行かせて良いのか』と刑事課長に尋ねるものの。
「…放っとけ。検事と刑事と、おまけの探偵まで居るんだ。どうなろうと俺は知らん」
「はあ…」
「何より、山岡検事の弟君が拘ってるなら、台風一過を期待するしかないだろうがっ」
 疲れ切った表情の刑事課長は、この事件を見捨てるつもりのようだ。
 下手に弄くると何が出てくるか判らんからな、と苦い経験を幾度も積んだ課長は、自分の机の引出しから胃薬を取り出して口の中に数錠放り込む。
「はあ…」
「田所に任せろ。アイツなら、少なくとも山岡検事の手綱は絞めてくれる」
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