水飲み場(巷説SS)

□《茨》
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 異形の者共と暮らす話、異界の者と契る話。
 歳降りたる樹が、狐が、蛇が、天狗が、鬼が神が。
 人と交流をする話は古来より数多くはあるが、哀しい終わり方も、また多い。


 それらの話を見聞きする都度、百介は怖いとか面白いとか感じる前に、『哀しい』『寂しい』と感じた。
 今でも感じている。
 棲む世界が違う、立場が違う。
 違うからこそ、百介は恋焦がれてしまう。


「竜や鬼などの魔物に拐された姫君の話とかは、古来より多う御座いますね」
「ははぁ、朱天童子の話でやすか?」
 百介は、分厚い帳面をパタリと閉じて、御行振りの男に顔を向けた。
「でも、魔物を退治して目出度しメデタシ。昔語の終わりはどれも同じで御座いましょう?」
 人当たりの良い善人な笑みを小悪党に向け、百介は僅かに苦い溜息を交えながら『それが、少し気に入らないのですよ』と理由を述べた。
 仕掛けに使った、この辺りの伝説。鬼と契った嫁の話。
「メデタいじゃありやせんか?」
 “鬼”は無事に退治され、娘は生家に戻って来た。
 鬼を退治した勇気ある若者が、拐された娘を娶って、昔語りの筋通り終わり善ければ総て良し。目出度しメデタシ。
「姫君達の言葉は、そこに入っておりませんから」
 人為らぬ者に望まれ連れ攫われた、か弱き姫君。
 もしも、千に一人、万に一人でも、彼女達の誰かが『此所にいたい』と心底、彼等との暮らしを望んでいたのなら。
『彼等と共に在りたい』と、そう願う言葉を誰かが汲んでくれたなら。
 昔語りの結末は違っただろう。
 異形の者を、異界に棲む者を、人が愛して悪いのか?
 誰でもない。百介は、そう思うのだ。
「………人の理に外れやすよ」
 ポツン、と又市は呟く。
 哀しいですね。
 百介も呟くように口にして、目を伏せた。
「それでも、私は望むでしょう。どぅにも為らぬ、何も出来ぬ。身の程知らずな、覚悟も意気地も無い私ですが」
 私は、異界に棲む者と、共に在りたい。

 その言葉を吐こうとした唇を、荒れた手の平が覆って、隠した。
「言わぬが華、でやしょう?野暮な先生ェ」
 口に出せば、障りが出る。言葉にすれば、災いに遭う。
 又市は口許を歪め、百介の口を塞いだ手はそのままに、顔を寄せて間近に瞳を覗き込む。
「先生ェ……言わぬが、華だねぇ」
 世間の荒波に揉まれたら最後、散ってしまいそうな儚い華を、又市は間近に覗き見る。
 そして、百介も。
 又市の眼に、苦い哀しみを見てとり。

 耐え切れずに、両の瞼を閉じた。



 昔々、その古……。
 鬼を愛し、鬼と共に棲み暮らした姫君は。
 鬼達と一緒に、都の兵士に追立てられ、茨の柵にて八裂きにされた。



2008.02.29 -END-
2008.03.14 再

 

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