待伏せ(やおい)

□《籠鳥》
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 彼は、その城から、一歩も外に出ることは無い。
 外界を隔てるように、グルリと高く築かれた堅牢な城壁。
 昔、誰かに連れられ城門を潜ってから、百介の全ては此処で。
 此処以外の何も無かった。
 あの壁の先に何があるというのか。
 確かに外からこの城に入った筈の百介だが、もう既に曖昧な記憶しかない。
 百介の手を引き、城に連れて来た者の顔さえ、朦朧となっている。
 城内では無数の人々が働いており、此処はまるで一つの町のようでもあるのだが…その人々を実際に目にした記憶も、百介には全く無いのだ。
 彼等は城主に仕え、日常の雑務を確実にこなしてはいるが、百介の目に触れた試しが無い、まるで影か幽霊のような存在達だ。
 遊び相手にも、話し相手にもなってくれない。
「百介?」
「…はい」
 背に掛けられた声に、微笑みながら振り向く。
 百介よりも遥かに逞しい城主が、僅かに顔を顰めて立っていた。
 百介が、見て、触れることが出来て、話すことの出来る唯一の存在が、彼で。
 けれど彼もまた、城内の外に出ることは無いらしい。
「どうした?また城門の方を見ていたようだが」
「えぇ…見ていました」
 それだけ、です。何でもありません。
 あの大きくて堅牢な門から出てみたい、と。
 繰り返し思っていた。
 誰か、が。
 此処に百介を連れて来た者でも良い、その誰かが、大きく口を開けた城門の外で待っていてくれるものと、そう思って。
 だけど…百介が入って来た時から、あの黒々とした堅牢な門が開いたことは一度も無い。
「百介、吾ならば此処に居るだろう?」
 僅かな苛立ちが込められた声に、百介は頷くことで意識を切り換えた。
『待っていても、誰も来ない』ことを、彼から教えられた。
 夜毎日毎に城主に抱き締められ、躰の奥深い部分まで達する肉の悦びを教え込まれて、百介は過ごしてきた。
 それはトロリとした蜜のように濃厚で。
 幼かった百介の躰は痛みに泣き叫ぶよりも、その蜜を受け入れ、歓喜に悦ぶことを覚えてしまった。
 その心根同様の素直な躰に城主は、夜ばかりではなく昼までも手放そうとはせず。
 百介が城門に近付こうとする都度、容赦の無い御仕置きでもって『自由は無いのだ』と知らしめる。
 門に近付けば、酷い目に合う。
 肉体に心に、幾度も手酷く植え付けられた“調教”は、百介を城内に縛り付ける。
 門には近付かない。でも……あの門から、出たい。
 “誰か”が、門の向う側で待ってくれているような気が、してしまうのだ。
 結果、今ではこぅして…城の見晴らしの良い窓辺に座り、ただ門を眺めていることだけが、百介の日課となった。
「百介」
 再び名を呼ばれた百介は、窓辺から離れると羽織っていた服を肩から滑り落とす。
 布切れを巻いただけのような服は、柔らかな音を立てて足元に落ち、百介は両手を広げて城主に己の裸体を見せるように、ゆっくりと歩み寄る。
「…兄上、寂しくなりました…」
 兄と呼べ、と教えられた通りに囁き。
 城主の馘に腕を絡めて、下腹部を逞しいその軆に擦り付ける。
「どぅか慰めて…ください……」
 甘く囁き全身の力を抜いて、施されるキツイ愛撫に身を委ねて。
 悦楽に囚われて、何も考えられなくなってしまえば良い。
「百介、そぅら、たんと喰え」
「ひゃんッ、あ、兄上ぇ…お肚が熱くて……あっ、んッ」
 硬く太い肉の楔を深々と裡に打ち込まれ、百介は喘ぎ身悶える。
「あぁッ、兄上ぇ、もっとぉ…」
 自分を抱き締める腕の逞しさに、躰を貫く硬い楔に、我を忘れ百介は、ただ歓喜の声を上げ続けた。



 彼は、その城から出たことは無い。
 城主の慰み者として仕える為に、この城に入ったのだから。
 百介の全ては此処だけで、此処以外の何も無い。
 ただ、兄と呼ぶ者を己の身で慰め、生きていく。
 黒々と聳える城壁。
 たった一つだけの出口である城門の向こうには。
 百介を待つ、者などは………。
 誰も、いない。



2007.7.11 END
 

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