狩猟(巷説U)

□《早口言葉》
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百介の一生懸命な表情を見ながら、『もちっと見物しておこうか』なんてことを考えてる又市である。
「あの竹垣に竹たてかきぇっっ……つっ!」
 ふいに、口を手で覆った百介は、顔を背けて肩を揺らす。
 慌てて又市は、ぱっと腰を浮かせて百介の肩に手を掛けた。
「せ、先生ェ、舌噛みやしたね」
 ガチリと口中を噛んだ痛みに、百介は涙目でコクコクと又市に頷いて見せて。
「あ〜、どれ?…はぁ、血がでてやすな」
 見せてみろと又市に促され赤い舌をチロりと白い歯の間から出した百介は、涙目と紅潮した頬とが相俟って、とても可愛いらしく見えた。
 又市の脳内では、ズッキューンッのハートど真ん中打ち抜きな萌え顔。
 噛んだ痛みが抜けずに舌ったらずな百介は、又市の脳内葛藤に気付かず、間近で相手の顔を見上げる位置で、小さく囁いた。
「ま、またいひしゃん…」
 かっ可愛ぇえ〜っ!
 又市は、ふぅと業と大きく溜め息を付いて。
「その傷じゃ味噌汁も染みやすぜ、どれ」
奴が唾でも付けてやりやしょうか?
 百介が言われた意味に気付いて、焦って腕の中から逃げ出す前に。
 又市は、百介の後頭部に手を回して、薄く開いた形の良い唇に自分の口を押し当て吸い付いた。
「ん…ん、ふ…」
 鼻から抜けたような百介の声にも、又市はゾクゾクする。
 早口でつっかえてしまう百介の短い舌を、又市は自分の三寸あるなんて揶揄される舌で、追い回し絡めとり吸い上げて。
 思う存分、百介の口内を味わい尽くす。
「先生ェ、舌の鍛練にゃア、こいつのが良いですかぃ」
「又市さんの馬、ぁ――」
 五月蠅い口は、もう一度口付けて塞いでやった又市である。



 丁度その時に、懐潤ってホクホク顔のおぎんが、大道芸を終いにして宿に帰って来ていた。
「戻ったよぅ」
 今日の稼ぎは上々だねぇ。先生ェにも何か奢るよぅ。
 そぅ言いながら上機嫌で襖戸を開けたおぎんは、目の前の光景に、ガタリと戸の開け口を掴んだまま硬直した。
「お、おぎん、早かったな」
「……………っっ」
 又市の胸に真っ赤と染まった顔を押し付け、懸命に羞恥を堪える百介は兎も角っ。
 いけしゃあしゃあと、『良いだろう』なんて丸分かりの若気た面を晒す又市を。
 ぎ、ぎ、ぎぃっ、と腐って軋んだ雨板戸のような首の振りで、御行を睨むおぎん。
「…又さんや」
「お、おぅ」
「何してたんだぇ?」
 まだ陽もあるって時にぃっ。
 鬼夜叉とは斯くの如し。
 瞳吊り上げ、くわっと剥いた唇は牙が伸びて見えそうだ。
 挙句、おぎんの黒髪の間から角でもニョッキリ生えてきてしまいそうな、ワナワナ震える怒髪天の声。
 余りの怖さに百介は又市の帷子にギュウっと縋り付く。
『ひ〜っ、怖いですぅっ』
『奴も怖ぇ〜っ』
 ズイッと、座敷に上がったおぎんは、身の毛がよだつような壮絶な笑みを浮かべて宣言した。
「覚悟は良いかぇ、馬鹿御行ーっ!!」



 悲鳴と共に格子戸打ち破って投げ飛ばされた又市の姿を、丁度宿に戻った治平が無慈悲に見物していた。
「へっ、まだまだ青いな、又公」

 又市の、明日はどぉっちだーっ!

 おそまつ!




2008.10.17 -END-
2008.11.04 再

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