狩猟(巷説U)

□《絶叫っ》
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2.


 妖怪仕掛けの騙り芝居。
 又市達の仕掛けは実に巧妙であり、虚偽と真実を混ぜ合わせて、怪談仕立てで一件落着。
「だからね、奴の仕掛けにゃ薄っ暗い闇が付いて回るんで」
 死人なんて出さぬようにと苦労してても、思わぬ場面で仕掛けた相手や回りが感情を暴発させてしまい、後には屍体だけが転がり残されるような何とも後味が悪い思いを、又市は度々してきた。
 それでも治平に言わせると、百介を仲間に引き入れるようになってからの又市は、随所に気を使い仕事も細密になっている、という。
 あの又市が“荒く杜撰な”仕掛けをしていたなんて。
 今の彼しか知らぬ百介には、想像も出来ないが。

「そりゃ先生ェの贔屓目だよぅ」
「そ、そぅでしょうか?」
 おぎんは更に容赦がない。
 こき使われるのは毎度のこと、一事が万事に気を配り一切合切に意識を張り詰め、あちらこちらと駆けずり回らされるのが割振られた仕事の大半だ、と又市をこき下ろすのだ。
 そのおぎんや治平を始め、あらゆるツテや人材を使いこなし、見事な仕掛け図面を描く又市。
 何の取り柄も無い百介なんて、声を掛けて貰えるだけ有り難い。
 自分などは、ほんの端下な助っ人にしか過ぎない、と百介本人が固く思い込んで居るせいもあるが。
 とにかく百介の役処も、全て把握しているのは又市のみ。
 仕掛けが終わった後で漸く、あれはこういう筋書きだったのだと又市に説明されて、『成程、そぅいうことなのか』と、百介は感嘆し驚かされるばかりだ。

「先生ェは、少ぅしばかり奴を買被ってやすよ」
「そんなことは…」

 憧れ、尊敬、羨望。
 そんな感情を浮かべた眼で、百介は薄く頬を染めながら又市を見詰めている。
 面映ゆい思いを飲み込み、又市は皮肉気な口調で自分の正体を述べた。
「奴はね、非道いことも容易く出来る、そんな小悪党でやすよ」
 又市の言葉に、まさか、と百介は本気にはしない。
 又市は嘘つきだろうけれど、基本的に優しい情のある男だ、と百介は思っている。
 そんな男が、情け容赦もない残虐な仕打ちをする筈がないではないか。
 そう百介が指摘すれば、又市はニタリと歯をむき出す嗤いで応えた。
「奴の二つ名は“小股潜り”。その意味を先生ェは、御存知じゃ無いンで」
「いや、それは」
 騙る騙す賺かす脅す、口先だけで人も世間も騙くらかす男。
 それは、小悪党仲間からも聞かされている、小股潜りの本性だ。
 躊躇う百介に、ずいっと膝を進め、又市は顔を突き出した。

「…例えば、先生ェをね…奴の囲い者にすることも、出来るんでやすよぅ」

 闇語りの声が、百介の耳に届く。
「そ…んな、ことが」
 出来るものだろうか。
 想像も出来ぬ話に、百介はぶるっと身を震わせた。
「おや、信じられないンで」
「はい、俄かには信じ難い話ですよ」
 又市が何かしでかすとしても、百介自身に害をなすことを嫌う傾向があるのを、知っているからこそ。
 百介は、冗談だと安心して相槌を打っているのだ。
「例えば、ですがね…例えば先生ェを、天涯孤独の身に墜とすことも、可能なんですよ」
 全くの別人として、百介を百介とは違う人物に仕立てあげることも可能だ、と。
 又市は気負いすらなく平坦な声で告げた。
「私は、私ですよ?」
 百介は百介だ。他の誰の真似をしようと、どんな変装をしようと、百介でしかない。
「そりゃそぅだ。だがね、先生ェ」

 先生ェを……奴だけの、奴しか知らねぇ先生ェに……造ることが出来るンでやすがねぇ…。

 ぞくり、と。
 全身の毛が残らずそそげ立つような、深い闇色の、又市の声。

 まさか、と笑い飛ばすには重過ぎて。
 本当か、と問い直すには恐過ぎて。
 百介は、馬鹿みたいに口を半開きにしたまま、固まっていたら。
「馬鹿言ってねぇで、先生ェを江戸に送るんだろが」
「全くだよ、先生ェからかうのも大概にしてなってンだ、馬鹿御行」
 治平とおぎんの声に、呪縛が解けたようで、百介はホゥッと詰めていた息を吐いた。

「酷いですよぅ、又市さん」
「奴が酷ぇのは、端っからで」
 ニヤニヤと百介の間近で又市が笑う。
 からかわれたのだと、百介も苦笑を浮かべるが。


 ……百介が悪夢に引き摺り込まれる、これは、予兆……

 ニタリ、と。
 白帷子の男が、口許を歪めて笑う。
 りん…と、鈴の音が、闇に沈んだ。




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