狩猟(巷説U)

□《なまらタマゲたなやァ》
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「先生ェ、まるっきり色恋の“いろは”を知らねぇたァ」
 絶句ものである。
「いや、だって私には必要ありませんから」
 余りに又市達が意気消沈サメザメと泣いてみせるので、百介も何のせいで気落ちさせたのかが判らないながらも、ここは謝っておこうと畳に手を付いたら。
「先生ェっ、妾が“いろは”から教えてあげるよぅっ」
 婿になってもらうなら、いっそこのまま押し倒して、女の開の味、たんと味わって貰おうじゃないサっ。
 がばっと横から百介に抱き付いて来たおぎんが、天井に拳振り上げつつ、何やら気炎を吐いている。
「は?あのっおぎんさんっ」
 目を白黒させている百介は兎も角、おぎんの抜け駆けに徳次郎が喚きたてた。
「お、おぎんちゃん」
 泣く徳次郎を突き倒した又市は、袖捲りあげて怒鳴り散らした。
「このっ雌狐っ、先生ェは奴が嫁に貰うんだからなっ。手前ェが横からシャシャり出るんじゃねぇよっ」
「いや、又市さん、私は男ですから。又市さんが嫁に来て頂ければ」
 又市の怒りの意味も判らず、百介は正論吐いてはいるが、微妙にズレてることには気付かない。
 更に混乱してるのは治平である。
 赤鬼のように形相変わった挙句、百介からおぎんを引き剥がし、又市を蹴り出した。
「馬鹿かっ手前ェ達っ!大ェ事な娘を、誰が嫁に出すかぃ」
 治平の脳内では死なせてしまった己の娘と百介が、同一視されてしまったらしい。
 違う違う、と徳次郎が涙散らして治平の裾に取り縋った。
「とっつぁんっ落ち着けぇっ」
 阿鼻叫喚、地獄のキチガイ沙汰である。
 そもそも、男女の“いろは”とは何ぞや?
 百介に問われ錯乱した又市とおぎんは、遠慮なく治平と徳次郎に張り倒されていた。
「実地で、教えてもらえ」
 疲れながら治平が全てを投げて呻き応える。
 治平の示す指先は、掴み合いの喧嘩を始めそうな又市とおぎん。
「実地?御二人が?」
 首を傾げる百介。
「ぎゃあっ、とっつぁん駄目だっ。おぎんちゃんと小股潜りがシッポリだなんてっ」
 徳次郎の叫びに、意味が判った百介は真っ赤になり、序で顔色を青褪めさせる。
「ええっっ!!そんな仲だったんですかっ御二人とも」
 そんな仲も何もないっ、と又市はおぎんと二人で顔の前で手をヒラヒラ左右に振った。
 顔色悪いのは百介だけじゃない。
「違いますって先生ェっ」
「冗談じゃないよっなんで妾が、こんなスケベ御行と!それよか先生ェ、妾とシッポリと」
 しなだれ掛かるおぎんの反対側から、又市が腕を伸ばして百介を抱き奪い取った。
「ふざけろっ山猫っ」
「邪魔をおしでないよっスケベ御行っ」
 いやはや、収集がつかぬ騒ぎとなった。
 埒があかねぇっ、と眼座った又市は、百介にやおら向き直る。
「先生っ」
「はい?」
 ぐいっ、と百介の胸倉掴み寄せ、息も掛かる鼻先まで顔を近寄せた又市は、ちゅっと形の良い唇に吸い付いた。
「……は?!」
 触れた感触に、ぼうっとしていた百介は、慌てて自分の唇を指で押さえ、オロオロと顔を赤くする。
「これが“い”ってやつですよ」
「あ、はい、えっ?これが?」
「先生、次が“ろ”で―――」
 胸元はだけられた百介が、又市の手から逃げようとする前に、おぎんの踵落としが、行者包みにピッタリ決まった。
「このっ変態御行っ」
「おぎんさ〜ん」
 又市、白目を向いて倒れている。
 徳次郎はテンカウントを取ってから、『勝者おぎん!』と右腕を高々と持ち上げた。
「さぁ、先生ェ。あんな不埒な真似する馬鹿は放っておいて、妾と飲み直そうよぅ」
「あ、あの、あのっ」
「いいから、ほらぁ」
 早くぅ、と腕を引かれ百介は訳も判らずにおぎんと共に退出となった。
「けっ、そのまンま転がしとけ」
 治平は又市は見捨てる気らしい。
 徳次郎は、おぎんの後を追おうとして、治平に襟首捕まっている。
「わ〜、おぎんちゃん、先生ェ、早まるんじゃないぜぇ」
 又さんっ、呑気に寝てなさンなっ!



 さて、又市は無事に百介を救い出せるのか。
 それとも、寄切っておぎんの一人勝ちか。
 百介の明日はどぅぉっちだぁ〜っ!
 あっちだーっ!!




 2008.12.13 -END-
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