狩猟(巷説)
□《惚れた熱》
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『先生ェのことを好きなのは、又さんだけじゃ無いよぅ』
少し苦い物を含んで、おぎんは笑って身を放そうとした。
「ちょいと照れ隠しに、口にしただけなんだよぅ」
が、事態はおぎんの思わぬ方向へ…いや、寧ろおぎんにとっては願ったりな方向へ、転がり落ちていたのだ。
嬉しいです、と微笑んだ百介は、おぎんの両手を優しく包むように握って。
「どうか、私と一緒になってくださいませ」
「………え?」
速攻直球、真っ向勝負!
まさか、こうもキパッと返してくれるなんて。
「え゛?!」
ぼっ、とおぎんの顔に朱が昇った。
「ええっ、冗談?」
「では御座いません。おぎんさんさえ良ければ、直ぐにでも仲人を立てて御迎えに」
なに、支度は総てこちらで整えますから、どうか身一つで輿入れを。
めっきり本気の百介を前に、なにやら湯中りしたみたいに視界がボヤけてくるおぎんである。
ふわふわポワポワ、こんなにノボセて焦りまくったのは、初な小娘時代以来のこと。
「えぇェ?!」
「そうそう、小右衛門さんにも御挨拶を」
「せ、先生ェっ」
百介は、表情を引き締めて、おぎんの手を強く握って言った。
「何かと苦労を御掛けしましょうが、私と夫婦になって下さい」
ぼんっ!!
おぎんの思考は、完全に「たまや〜っ」と打ち上がり、派手に散った。
「治平さ〜ん」
「ああ、ああ、泣くな先生ェ。二人なら大ェ丈夫だからよ」
又市とおぎん、二人枕並べてウンウン唸って寝付いている。
半端なく熱が上がっているが、オロオロ涙目で心配してる百介よりも、苦虫噛み潰したみたいな治平の額に青筋が浮かんでいる理由は。
「こンのガキ共がっ。二人揃って知恵熱たぁ、馬鹿だよ、ったく」
二人の倒れた前後を聞けば、ひたすら渋い表情にもなろう、年長者の治平である。
『惚れた先生にマジ告られて、ノボセあがった挙句に熱出して寝込むなンざ』
小悪党の風上にも置けないアホさ加減だ。
しかも、まあ。
求婚した相手に、断るにせぇ受けるにせぇ、ちゃんと返事をする処か、その前にブッ倒れるなんざ、手落ちも良いところ。
「やっぱり、私では駄目なんですね」
又市さんも、おぎんさんも、寝込む位に嫌だったなんて。
元凶の百介は、勝手にそぅ判断して、暗〜く落ち込んでいるのだが。
「あ〜、まぁ気ィ落とすンじゃ無ぇよ、先生ェ」
よしよし、と百介の肩を叩いて慰めながら、治平は『熱が下がったらこのガキ共二人、尻っぺた引っ叩いてくれるわぃっ』と腹の中で決めていた。
2008.01.22 -END-