狩猟(巷説)

□《治らぬ病》
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 そうやって相手の嫌な欠点を数え上げて行けば、熱も覚めて盲目の恋からも醒める筈だ、と。
「そぅ教えて下さいましたから」
「へ、へぇ……じゃあ、百介さん。奴の面ァ良く良く見て、病も治りやしたかぃ?」
 恋の病は治っても、奴を嫌いになってしまったのか。
 少しだけ、又市の声に情けなさそうな色合いが混じるが。
「先生ェ」
「試して見ましたけれど」
 又市の呼び掛けに、百介は肩を竦めて見せた。
 暗くなって黙り込んだ又市に気付かず、百介は『でも、無駄な試しだと判りました』と苦笑を浮かべて見せるのだ。
「へ?無駄、とは?」
 飲み込みの悪い又市に苦笑して、もぅ一度やってみましょうか、と百介は白い行者包みの相手に顔を近付ける。
「そぅ……ですね。又市さんの酒飲みな処とか、煙草を御吸いになる処とか」
 又市の手を取り上げ、指先に音を立てて口付ける百介。
「剃髪されてる、とか。地獄耳な処とか、ああ……後は、目付きが悪い」
「酷ぇなァ」

 チュッ、チュッ、と。
 額に、耳に、瞼に。
 又市の顔に、次々と口付けを落とす百介。
「そうそう。その嘘付きな、騙りのお口とか」
 唇を重ね合わせてから、百介はペロリと舌を舐めた。
「で、どぅでやすかね?奴を、嫌いになりやしたか?」
「それがね、駄目でした。又市さんの悪い処を見付けようとしても、全部が全部、愛惜しい」
 気が狂いそうな程……貴方に夢中になってしまう。
 もはや、手の施し様が無い位、貴方だけに。
 魅かれてしまう。
 自分を見失ってしまう程に。
 これが、治らぬ、恋の病。
「治して下さいませ」
 又市さんの身で、私の熱を鎮めて下さいませ。

 百介の甘い強請りに、又市は、その身を畳に押し倒し伸し掛かる。
「もっと重病になりやせんか?」
「構いません……又市さん」
 いっそ、この病に倒れ臥してしまいましょう。
 “貴方”、という。
 恋に、狂ってしまいましょう。

 口付けは、甘い歓喜の予感。
 期待を孕んで熱く、肉が燃え立つ。
「好きですよ、又市さん」
「奴も、で」




2007.09.11 -END-
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