狩猟(巷説)

□《パパと俺のラプソディ》
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A中学生編


「先生ェ、今日は早く帰れますから」
 俺はスポーツバックを持って、見送る先生に声を掛けた。
 先生の前を通り抜けようとした俺は、急に二の腕を掴まれる。
「―――ま、又市さんっ」

 うわっ、ナンだっどしたっ?

 そのまま、やたら焦った先生の顔が接近して来て、俺も慌てた。
 ドキドキと、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 いつ見ても綺麗に澄んだ先生の瞳に覗き込まれ、養父であるこの人に家族以上の感情を寄せている俺としては、近過ぎる距離におかしな妄想に取り付かれそうだ。
 色の白い、きめ細やかな肌。形のよい、ツンとした鼻。花のように可愛い、薄紅色の唇も。
 思わず、キスして、嘗め回したくなる。

「せせ、先生ェ」
 裏返った声で、俺が名を呼べば。
 先生、ガシッと俺の肩を掴んで、至極真面目な顔になり――。
「又市さん、背が伸びてますよっ」
「………はぁ?」
 固まる俺をどう見たか、先生は再び額と額を合わせる至近距離まで顔を寄せて。
「ほら、目線。殆ど私と同じですよ」
「あ〜……ははは。背、ね。やっと気付いてくれやしたか」

 幼少時の食生活の為か、小学生の頃の俺は本当に、チビでガリガリに痩せていた。
 先生もそれを心配して、食い物に関しては随分と気を配ってくれていたが。
 別な目的があった俺は嫌いな牛乳を毎日飲み、苦手な運動も頑張って、ひたすら地道な努力を続けてきて、漸く報われた訳だ。

「初詣の時にゃ、先生と同じ位の高さになってやしたよ」
 先生と手を繋いで歩いたから、良く覚えている。
「ええっ?だってクリスマス前は、まだ私の方が背が高かった筈で―――」
「成長期、でやすから。直に先生を見下ろしてやりやすよ」
「う…なんか、嬉しいことなのに―――」
 悔しいです、と。
 拗ねた表情の先生。
 養い子の成長に、親としては喜ばしいが、男としては納得できないのだろう。
 でも背を伸ばすことは、俺の野望の一つだったんだ。
「先生ェ」
 両腕を持ち上げ、先生の背に回し、やんやりと力を入れて抱きしめる。

 まだ、少し背が足りねぇや。
 アンタを、一人前の男として抱き締めて、護りてぇ。
 好き、じゃ足りないんだ。
 愛してるんだ。

「ううっ、小さい又市さんも可愛いかったのに〜」
 先生は悔しそうに言うと、モゾモゾ身をよじる。

 アンタの意識の中じゃ、未だにドブに捨てられた子猫のような、ガリガリでボロボロなチビの俺がいる。
 守り慈しみ、保護するべき子供な、俺が。

 待っててくれよ先生ェ、もう少しだけ。
 アンタのその認識、ひっくり返してやるから。
 そうしたら…名を呼んで、キツク抱きしめて、大人のキスしてあげるから。

 取り敢えずは――。
「ヤベッ。遅刻するっ」
「あ、行ってらっしゃい」
 一人前の男になる為に、将来設計もちゃんとしなくちゃな。
 抱き心地の好い先生の体から、名残惜しいが腕を解いて、俺はバックを掴むと靴を履いて玄関から飛び出した。



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