狩猟(巷説)

□《一寸先は》
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「あ〜、時の流れって残酷ですねぇ」
 目の前の若者が、したり顔でそぅ零すから、九十九庵の主・一白翁は思わず吹き出してしまった。
「おやおや、何やら深刻そうですね」
 この青年・弥次郎は若い頃の翁みたいに、巷の怪談を好んで聞く。
 それも、わざわざネタを仕込んでは、枯れ果てた爺さんの許へ貢ぎに、足繁くセッセと通ってくるのだ。
『まぁ、御若い方には小夜さん狙いなんでしょうね』
 一白翁と弥次郎。
 爺さんと孫、と言っても良い年の差である。
 にこやかに一白翁が弥次郎を見たら、彼はぶっすりとむくれた顔だ。
「そりゃあ、ね。一白翁と僕なんかを比べたら、鬼も笑うでしょうが」
「はぁ、私と、ですか?」
 いや、だって小夜さんは私の養女ですから。
 比べるも何も無いでしょうに。
 一白翁・こと山岡百介が、そぅ告げようとしたらば。
「だって、ねぇ。僕が、十年早く産まれていたら……いやいや、翁がもう十年(欲張って二十年くらいは)若かったらなぁ」
 と、時の神の不公平さを嘆いてるんですよ。
「―――は?私、ですか?」
 余りに驚いて、一白翁は心臓が停まり損なった。
「ええっ、そうです!!一白翁、いえ、百介さんっ」
 弥次郎は力一杯、爽やか〜に肯定してくれた。
 にしては、語尾のキラキラなラメ入りハートマークが、何やら怖い。
 怯える百介を顧みず、弥次郎は想いの丈を伝えるのに必死の様子だ。
「だって、最初に北林藩の使いで翁と御会いして、それから色々な面白い話を伺うようになって十数年……本当に残念無念と言うか、口惜しいと言うか」
 何でもっと早く、貴方という素晴らしい存在に会い見えなかったかと、悔しくて悔しくてっ。
 と、握り締めた拳震わせての力説に、ぱかんと阿呆の様に口を開けたまま、百介はマジマジと弥次郎を眺めた。
 本気も本気らしい台詞に、顔が赤面どころか蒼白になる。
「あの……何か、勘違いを」
 しておられませんかな?
 困惑した百介の台詞後半は、『ハンッ』と鼻を鳴らした弥次郎に一笑に臥された。
「可愛らしくて一途に純粋で、こんなにも優しい貴方を、僕は一目惚れ此の方ずぅ〜っとお慕いしているんです」
 貴方ほどの理想の相手に、僕は未だ嘗てお目にかかっては居ないのだから!!
 ドーンっ、と。
 胸張っての熱愛宣言。
 それはそれで男らしい告白なのだが、いかんせん惚れた相手が相手だ。
「私は、世捨て人同然の“爺さん”なんですけれど」
「愛さえあれば、年の差なんてっ」
 ずずい、と身を乗り出した弥次郎に、『ひぇっ』と百介は退け反ってしまう。
「ですからっ、どう考えても私の方が先に、お迎えが来てしまいますよぅ」
「だから、嫌、なんですってば」
 むざむざと、貴方をアホ烏ごときに奪い去られるのを、このまま指を咥えて見ているのはっ!?
 弥次郎、完全に目が座っている。
「ふ……ふふふ…烏ごときに貴方を盗られてしまうなら、いっそ此所で……」
 ブツブツと、何やら不穏な事を口走る弥次郎。
「弥次郎さんっ弥次郎さんっ、落ち着いてっ」
「百介さんっ、好きですっ」
 貴方の語る怪談ごと。
 弥次郎はニンマリ笑って、百介を壁際まで追い詰めた。
「こンの老け専がっ!!」

 ごがぃ〜んっ!!
 と、弥次郎の後頭部で鐘が鳴る。
 違った。
 米を研いでいた釜を鷲掴み、仁王立ちの小夜が、息も荒く不埒者を成敗果たした音だった。
「さ、小夜さ〜ん」
 半泣きの百介が、天の御助けとばかりに、小夜に縋り付いた。
「駄目ですよ、百介さん!!甘い顔を見せると。男は皆オオカミなんですよぅ」
 あ〜ヨシヨシ、怖かったですねぇ。
『ちっ、まだ息があるわね』
 ばったり倒れたままの弥次郎を、氷りつく冷たい目で一睨みする小夜。
 えぐえぐと涙ぐみ、自分に縋り付く百介を、打って変わった愛しさ溢れる眼差しで、優しく声を掛けた。
「はいはい、もぅ大丈夫ですよぅ。本当に、怖かったですねぇ」
 百介の白髪頭を撫で撫でする小夜は、不埒な真似をした弥次郎を、庭に深く穴掘って埋めてしまおう、と決意していた。




2007.08.21 -END-

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