狩猟(巷説)

□《一寸先は》
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《一寸の虫にも》

「百介さ〜ん。これ、近頃評判の大福餅なんですよ〜」
 性懲りも無く、九十九庵を訪れた弥次郎に、小夜は舌打ちをする。
『トドメが甘かったかしらね』
 小夜が睨む先は、小さな庭に掘られた深い穴。
 先日、大事な百介に対して無礼を働いた弥次郎に、天誅を下した小夜が、確かに証拠湮滅とばかりに埋めておいたのだが。
『生き返るとは、誤算よね』
 そんな小夜に対して、『へっ』と心の中で舌出すのは弥次郎である。
『詰めが甘いよ、小娘』
 恋する男の底力を甘く見て貰っては困る、と弥次郎は爽やか〜な笑顔の下でトグロを巻く。

 勿論、この二人。
 傍から見れば似合いの男女だが、実は鎬を削る恋のライバルなのである。
 誰に?
 と問われれば、揃って即答!
 九十九庵の主人、枯れた余生を過ごす、一白翁こと山岡百介に対して、である。
 弥次郎も小夜も、この老人をラヴゲッチュしたいのだが。
 難攻不落の城のごとし、相手はなかなか手強い。
 百介は、既に米寿も迎えそうな老体である。
 しかも若い頃から、色事にはトンと無縁の、折り紙付きの野暮天と来た。
 寄せられる“好意”に『有難いなぁ』とは思うのだが、それが“恋愛感情”からだとは百介は全くサラっサラに気付いてない。

「あ、あの、弥次郎さん」
 確か先日は、釜の底で力一杯後頭部を殴り飛ばされていた筈だが、百介に向ける弥次郎の爽やか〜な笑顔には、一片の曇り無し。
 はやり、あれは一時の気の迷いだったのでしょう、と百介は安堵に胸を撫で下ろすが。
 あの後、鬼の形相となった小夜が鍬遣って庭に穴を掘り、弥次郎を生き埋めたことも。
 怪談さながらに、夜更け土くれ掻き分けて地中から這い出した、弥次郎の鬼気迫る姿も。
 百介の目に触れることが無かったのは、二人にとっては全く僥倖。
「美味しいですよ、小夜さんも如何ですか」
「あらあら、ではお茶を入れましょうね」
 穏やかな会話ながら、水面下では大激戦中。
 百介は、そんな二人の格闘も判らず、『お若い方は元気ですねぇ』なんて、のほほんとしたものだが。
 養女とした小夜までも、百介狙いとは考えてない。

「あの鈍さも、それなりに可愛いですね」
「かえって焦らされてるようで、萌ぇ〜ますね」
 萎びた爺さん相手に、メラメラ萌えられても困るのだが。
 若い二人の虎視眈々とした視線に、一向に気付くことなく、百介は『美味しい大福ですねぇ』なんて、呑気に茶を啜っている。

『どうしたって、あの世とやらの迎えが明日にも来そうな私ですからねぇ』
 もし迎えが来るのなら、それは真黒な烏であれば良いのに。
 なんて思考を飛ばして、百介は若い小夜と弥次郎の言い合いに目を細めていた。

 百介の心の中に、今もしっかりと居座る影の存在に、小夜も弥次郎も良く承知しているが。
「負けるものか引くものかっ」
 気合い入れだけは十二分な、小夜と弥次郎なのである。




2008.03.26 -END-

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