狩猟(巷説)

□《女体蛇》
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 着物の襟を己が両手で脱ぎ広げた女の、肌にビッシリと、白い鱗が見えた。
 それが、こんもり膨らむ二つの乳房の直ぐ下辺りから、恐らくは臍の辺りまで。
「御覧なさいよ、これが……これが蛇憑きの女よっ」
 如何に不思議が好きでも、女の裸をシゲシゲと見れる男ではないので、百介は顔を赤らめ視線を逸らせた。
 鱗…白い肌を更に銀にも飾る、大きな鱗が女の肌を覆っていた。
 ああ…これが…。
蛇神に祟られ、蛇に憑かれた家の者は、こうして鱗が生えるのだと。
 その女は“蛇憑き”の、忌まわしい女だ、と。
 彼女に誘われるまま、傾いた小屋に入った百介は、彼女の家に伝わる蛇神の祟りの話を聞き、これが証拠だ、と諸肌見せられた、のだ。
 視線を背けた百介に、彼女は失望と怒りを向ける。
「この鱗のせいで、妾ゃ人様から後指さされ陰口叩かれ、真面に生きてはいられない。ねぇ、アンタ。こんだけ話を聞かせたんだ。銭金払えたぁ言わないよっ。妾を抱いて、女にしとくれな」
 慰み者として弄ばれ、真面な女として扱われた試しがない。
 彼女は泣くように、声を荒げた。
 畜生めっ、アンタも妾を蛇だと蔑むつもりかぇっ?
「…いえ、私は野暮も野暮、色事にトンと縁がない野暮天なもので…」
 貴女の肌身を素面で見られないのです。
 百介の柔らかな声に、女は毒気を抜かれ、振り上げた拳を下に降ろす。
「申し訳ありません、が、私には裏切れない御方がいますので」
 顔を赤らめつつ、半裸のままの女の纏い物を優しい仕草で肩に羽織らせ、百介は静かに、蛇憑きだと蔑まれ続けた女の身体に両腕を回して、そっと抱き締めた。
「アンタ…」
「蛇の鱗だとおっしゃってましたが」
 それは、恐らくは、皮膚の病ですよ。
 百介は、そう言って茫然とする女に笑い掛ける。
「な、治るのかぇっ?」
「治る可能性はあります」
 文献で読んだ『皮の病』の一種であろう、と。
 百介は、蛇と蔑まれ続けた不幸な女性を、抱き締めたまま話をした。
「祟りじゃないンだね」
「はい」
 蛇の肌になった坊様の話が伝わっている土地もあります。
 女の困惑と歓喜が、こもごも交ざる表情に、百介はふぃに目を逸らした。
「ああ…その御顔は、…とても御綺麗です」


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「それで、どぅなさったんで?」
 功徳と称して、哀れな蛇女ァ抱いてやりやしたかぃ?
 離れに上がった又市は、何処か棘のように光る眼差しで、今回の旅で蒐集した不思議なことを話す百介を、片膝立てて頬杖付いた格好で横目で見据えている。
 蛇憑きの『女性に会って』話を聞いて来た、と百介の口から語られてから、又市は何やら胸の奥底からジリジリと焦がされていくかのような、嫌な気持ちになっていったのだ。
「まさか!皮膚の病に良く効くと言われる、温泉の話をして差し上げただけ、ですよ」
 見も知らぬ女性に無体を働く気など、毛頭御座いません。
 百介は、手も馘も横に振って微苦笑を浮かべた。
「綺麗だ、とは思いましたけどね」
 白い肌に、なお白く輝く鱗。
 異質でありながら、異様な美態を垣間見せてくれた。
 綺麗だ、と百介は純粋に思ったのだ。
「ほぅ?」
 又市は、百介の話がますます気に触るらしく、鼻の頭に皺まで寄せて。
「その蛇憑きの病……先生ェが罹っちまったらどぅなさる?」
「罹りませんよ。でも、もし……」
 もしも、蛇の祟りにあったならば。
 良い機会ではないか。
 それこそ、願っても無い好機到来。
「…そぅですねぇ…ええ、江戸を捨てましょう」
「はあっ?」
 百介は、驚く又市に笑顔を向けた。
「憬れていたんです、お遍路生活」
 諸国流浪の神社仏閣詣で。
 ふらふらと己の居場所が定まらない百介にとっては、恰好の、自身の捨て場所になるだろう。
 そうして、どこかの旅の空の下で一人朽ち果ててしまっても……何故か赦される気がするのだ。
「先生ェ…」
 先程以上の怒気を込めて、又市は百介を呼んだ。
「はい、なんでしょうか?」
「こりゃあ……一から十まで問い質さにゃあ為るまいか」
 先生ェ…いやさ百介さん…アンタは、気を余所に遣りなさったか?
 奴がァ、心底百介さんに惚れてるのを承知の上で、余所の地女ァ口説くたぁ良い度胸で……。
「は?はあっ?」
 なにやら雲行きが怪しいと、百介は必死に自己弁護。
 いやいや、そんな事は全く御座いませんから。本当に何も無かったんです、ってばぁ。
 嫌ですよ、又市さん。
 ナニをそんな怖い目で見ておられるんですか。
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