狩猟(巷説)

□《愛し恋し》
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「手の中の小鳥。握り潰すか、そのまま放すか」
 どぅしやすかぃ?
「ど、どぅすると言われても…」



 又市は、その時は珍しく、仕掛けの最中に百介の前に現われた。
 平素ならば、己の仕掛けた化かし芝居の幕を降ろした後の後まで気を配り、“小股潜り”の関わった痕跡すら“妖怪”に託つけ、綺麗に拭い去って行くのに。
 余程、此処に百介の存在がある、という事実が、又市の細緻を極めた仕掛け仕事に影響したらしい。
『何故だろうか』
 百介はグルグル回る思考を、何とか筋道立てようと試みては、益々袋小路に嵌まる思いに取り付かれる。
 もしやすると。
 百介が此処に在る、こと事態が間違いだ、と又市は考えているのか?
 仕掛けの真っ最中ならば、又市が百介と“知人である”ことは隠しておくのが上策だ。
 なのに。
 又市は、他人に見られるかも知れない危険を犯してまで、百介の前に現われた。
「先生ェ、奴が来たことはァ、別に伏せておく事ァありやせん」
 むしろ、御行が訪れた事を口に出して良い、と。
 触れ回れ、と煽立てるようにも言われて、百介は内心のけ反った。
「どうして、ですか?」
 思わず問い返した百介に、又市は苦笑を浮かべて見せる。
「先生ェ……」
「私の存在が、又市さんの仕事の邪魔になるのですか?」
 ならば、このまま、単なる物好きな旅の若者として、百介は何も知らぬ拘らぬ振りをしたまま、此処から立ち去れば済む事ではないか。
 だから、敢えて百介は、努めて明るく又市に告げた。
 直ぐに、此処から去りますから、と――。
 又市の邪魔をしたり、足手纏いには決して成るまい、と。
 それだけを考えていたのだけれど。
 百介の言葉を、どう聞き留めたか。
 不快そうに眉をしかめた又市は。
「……そぅ、は……問屋が卸しやせんよ」
 又市は、ヌタリ、と牙を剥くような暗い笑みを見せた。

 愛しや、恋しや。
 憎しや、恨めしや。
 想いは狂う程に、千々に乱れる。

「なぁ、先生ェ――」
 思いも掛けず、小鳥が手の中に舞い降りて来たら……先生ェならば、どぅしやすかぃ?
「ど、どぅする、と言われましても…」
 突然、別な話を振られて、百介はまごついた。
「綺麗な、可愛い小鳥。人を疑う事すら忘れて、こぅ、手の中に舞い降りて、美しい声で囀ってたとしたらァ」
 掌を上向きに、百介の顔の前に突き出した又市は、そのまま見せ付けるように指を一本ずつ折り曲げ、ぎゅうっと握り拳を作る。
「又市さん?」
「そのまンま放してやりやすか?先生ェは優しい方だァ、小鳥が飛んで行くのを笑って見て為さるでしょうな」
 だがね!
 奴はァ、ね――。
 こぅして、手の中に向こうから飛び込んで来たならァ、逃がしやしねぇや。
 逃がすヘマはしねぇ。
 逃げる前に、こぅして。

 握り潰してやりやしょう。

 可愛い可愛い小鳥。
 何も知らずに舞い降りた、小鳥。
 血の気の引いた白い百介の頬を、又市は握り締めた拳で撫でる。
「先生ェ……百介さん……飛んで灯に入るナントか、だなぁ」
 可哀ェ想に――逃げられやしねぇ。
 逃がさねぇ。
 奴からは?!
「私は……」
 身を引く百介の馘を鷲掴み、又市は顔を寄せると、怯えた色を浮かべる目を覗き込んだ。
 可愛い可愛い、百介さん。
 何も知らずに、仕掛けのド真ん中に舞い降りたお人好し過ぎる、百介さん。
「さぁ…どぅなさる?」
 くっ、くっ。
 闇に融ける嗤い聲。
 細い新月のような。パクリと赤い肉を見せる裂けた疵口のような。
 遠退く意識の中で、百介は見ていた。
唯一、見続けていたのは。
 又市の、勝ち誇った嗤い。
 又市の嗤う口許だけを。

『…またいち、さん……』。




END
 

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