狩猟(巷説)

□《天の岩戸》
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「いゃあ、ナニさね。馴染みの遊女に誘われやしてね」
 薄笑いを浮かべた又市は、不埒な発言をかましながら、チラチラと百介の顔色を窺う。
 さぁて。
 野暮天と称される“考物”の百介先生。
 情を交わした相手が、別の敵娼と寝て来たと知ったら。
『怒るか、拗ねるか、むくれるか。嫉妬の一つ位はァ』
 してくるだろうと、又市が内心若気ていたら。
「おろくさんの見世に行かれたのですか?皆さん、お変わりはありませんでしたか?」
「――はア?」
 はあ、である。
 百介先生、嫉妬どころか知人の安否確認が先らしい。
 この人にゃあ廓言葉ァ使っても、意味が通らないんじゃねーのか。
 又市は慌てた。
「あの、ですよ先生ェ」
「はい?」
「つまり奴は、先生以外の女と。えぇいっ、つまりは浮気して参りやしたのさ」
「ははあ」
 緊迫感すらないノホホンとした相槌に、又市の肩も眉根も下がる。ついでに顎まで下がりまくった。
「そンだけ、ですかぃ?」
「ええっと、何がでしょうか」
 判ってない。本気で理解してくれてないっ。
「先生〜ェ」
 情けない声を上げる又市に、百介は申し訳無さそうに身を縮めて。
「その、何と申し上げたら良いのか判りませんが」
 私ごとき末成りの青瓢箪よりも、百戦錬磨の女性の方が。
「より又市さんには満足頂けるのなれば…どうぞ、私なぞ」
 捨てて下さいませ。
 そんなに気をお遣いにならずとも、己の情けなさ等は良っく理解しておりますから。
 ギョッとした又市は、百介の表情を恐る恐る窺った。
「あの〜、先生ェ?」
「判っております。恨み言等申す気も御座いません。今の今まで、こうして情けない私を哀れんで付き合い下さった恩こそ、有り難く思いこそすれ」
 泣き言悔やみ言など、決して御座いません。
 百介は、ふわっと笑って頭を下げた。
「又市さん、お仕合わせに……」
「ちょっ、ちょっと待っておくんなさいっ」
 なにやら、話が壮絶にこんがらがってる。
 又市は、慌てて百介の言葉を遮った。
「先生ェ、何か勘違っておられる」
「勘違い、ですか?」
「へい、奴はね」
 先生ェが嫉妬の一つも見せてくれねぇかと、騙りましたのさ。
「騙り…?」
「真ネコ決めたンなぁ嘘八百。奴にゃあ先生ェが一等でやして」
「嘘…?」
「惚れておりやすよ、先生ェ」
 素早く身を寄せて、又市は百介の身体を抱き締めた。
「たまにゃあ嫉妬の一つも見せてくれにゃあ、奴が不安になる」
 先生が、本気で奴を好いてくれているんだか、確かめたくなるんでさ。
 身動きすらしない百介に、やっと理解してくれたかと、又市が不埒な手を延ばし掛けた、その時に。
「情けなや――」
「へ?」
 こンの色惚け御行っ!
 又市の視界で、天と地がひっくり返った。
「如何に遊女と言えども、馴染みとなったならば誠を尽くすのが漢で御座いましょう?先様に、何と言い訳なさる気か」
「は、はあ?」
「私にまで、そのような騙りを……ええ、口惜しや」
 痩せても枯れても、この山岡百介!
 誠を捧げた相手に疑惑など、露程にも持っているような男とお思いか?
「あ〜の〜、先生ェ」
「どうぞ、先様と末永くお仕合わせに!」
 離れから投げ出された恰好のままの又市を見捨てて、百介はツンと横を向いたまま。
 ピシャリ、障子戸を閉ざしてしまった、と。
「せ、先生〜っ」




「そらぁ先生が怒るのも無理ないよ」
 又さんは馬鹿だねぇ。
 おぎんが意地悪く言い放ち。
「けっ、まだまだ青いな、又公よ」
 治平がニヤニヤと卑し笑いを浮かべて。
「先生ェ、機嫌直しておくんなさいよぅ」
 生駒屋離れに日参し、必死に謝りまくる又市を嘲笑った。



「知りませんっ又市さんなんてっ」
「せ〜んせ〜ェっ」




-end-

 

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