狩猟2(リクエスト)

□キリバン5000リクエスト
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「本当に、実の兄弟の様ですね」
羨ましいですよ。
 ニコニコと心底からの言葉と知れる笑みを向けられ、廻船問屋・長崎屋の跡取りで薬種問屋・長崎屋の若旦那である一太郎は、なんとも困った笑みを目の前の蝋燭問屋・生駒屋の若隠居である百介に向けるしかなかった。
 話題の元は、長崎屋で働く仁吉と佐助の二人の手代のこと。
 体の弱い一太郎にとっては頭の上がらぬ“兄や”達だ。
 しかも、この二人、実態は妖怪なのである。
 百介は、とにかく妖怪が好きで諸国を巡り怪談奇潭を聴き集めているのだが、その旅の噺と一緒に手土産を持って病に臥せがちな一太郎の家に折を見ては『お見舞い』に来てくれる間柄。
 百介が来る日は一太郎も体の調子が良いが、長崎屋の離れに棲む妖怪達は、それこそ祭りの宵宮ごとくな騒ぎで待ち構えて居る有様。
 今も
「仁吉、佐助…百介さんに御迷惑だろ
「…へえ」
「…はあ」
 二人の手代は、百介の左右から、肩に懐かんばかり。
 何でも、この生駒屋の若隠居、妖怪に好かれる香りを総身から漂わせているらしい。
 一太郎とて「反魂香」なるモノの匂いをさせてはいるらしいが、アレは神仙の薬種。
 百介のは純粋な「魂と肉から薫る」匂い、なのだそうだ。
 そんな妖怪が魅かれる匂いを放って、常から『妖怪が大好き』と語り、様々な各地の妖異を言霊に乗せて話す人間を、彼等闇の住人が嫌う筈もない。
 百介は、至って普通の人間なので妖怪の姿は全く“見れ”ない、のを良いことに懐く懐く。
 今も、膝やら肩やら頭にも小鬼姿の鳴家が無数に張り付き、背中から屏風覗きが「構ってェ〜」と、のの字を指で書いてる有様。
 天井から襖から畳の上まで、ギッシリむっしりと妖怪達が鮨詰め状態。
 そんな状況下で冷汗垂らす一太郎を余所に、全く気付かない百介は群れる妖怪を身に纏わり付けてはいても(重さも違和感も感じては居ないらしいから、それはそれで大物なのかも知れないが)平然と会話を楽しんでいる様子である。
「それでは、今度はどちらに行かれるのですか?」
「はい、吉備津神社に行こうか、と思っているんです」
「ははあ」
「あそこは、鬼の伝説が生きてますし」
 と百介が、本当に愛しそうに大物妖怪の名を口にするのを聴き、鳴家達が手を叩いて慶んでいるが。
「一人旅は、何かと物騒ではないですか」
 一太郎が、そう尋ねたら、百介はサッと頬を染めたのだ。
「え?」
「あ、いや……その、今度は一人ではなく」
 同道する者がいるのだと、嬉しそうに羞かしそうに頬を染めたまま、言葉を濁す百介。
「さては生駒屋さん……アレは、いけませんっ」
「アレを連れての旅なんて、危険極まりないですよっ」
 突然、左右からの猛反発に、百介は目を白黒させる。
 一太郎も、手代二人の豹変に目を丸くした。
「どうしたんだい、仁吉、佐助も」
「良いですか、生駒屋さん、アレはいけません、アレは
 アレがなんだか一太郎は訳が判らないが、百介は『大丈夫ですよ』とにこやかに笑って。
「ああ見えて、あの方は大層心強い方ですから」
 そう優しい暖かな笑顔を向けられれば、百介の全身からは馥郁たる“妖怪を魅き付ける薫り”が一層濃厚に漂い纏り、仁吉と佐助を絶句させてしまう。
 二人の手代にアレ呼ばわりされてはいるが、百介にとっては余程に大切で大事な相手らしい、と一太郎にも伺い知れて。
 その相手と二人旅ならば、さぞや愉しかろう、とロクに江戸の朱引きからも出られない一太郎は少しばかり羨ましく感じられた。
『また旅から帰ったら、土産を持って面白い旅の話をしに参ります』と、百介は帰って行ってしまった。



「お前達、あんな言い方は、百介さんに悪いだろ
 百介を店先まで見送った一太郎は、離れに戻ると早速兄や達に文句を付けたが。
「ぼっちゃま、それどころじゃありません
 一太郎のこと以外で、こんなにも慌てる手代二人の姿は珍しい。
「仁吉っ、妖怪達に言って街道沿いに目ェ光らせようか」
「えぇい、しゃっつら憎いねぇ、あの“妖怪遣い”がっ」
 仁吉も佐助も、何やら殺気立っている。
「はああ?」
 さっぱり話が見えない一太郎に、不機嫌になってる仁吉が、今にも飛び出して行きそうな佐助を捕まえながら、説明した。
「生駒屋さんの後ろに『おっかないのが控えている』と、以前に話しましたでしょう?」
「ああ、そういえば」
 と一太郎は頷いた。
「それって?」
「私達“妖怪”を呼び出して使役する“妖怪遣い”なんです」
 佐助が、忌々しい、と吐き捨てた。
「しかも扱いが悪くて、酷くこき使われるとか大方、生駒屋さんの“薫り”にフラフラと近寄った処を捕まえて、散々働かせようって魂胆なんでしょうよっ
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