狩猟2(リクエスト)
□キリバン9000リクエスト
3ページ/3ページ
古めかしい、だが美しく洗練され積み重ねられた時間の謎めいた輝きすら封じ込めた、そんな繊細さがある。
触れたら壊れてしまいそうで、でも触れずにはいられない、魅惑の輝き。
百介は善人だ。
だが、百介に魅かれて集まる人間の総てが、善人ではない。
世間の裏にいた又市は、それを十二分に知り過ぎている。
おぎんも、その事を敏感に感じている。
それなのに、愛する人を得た幸福に身も心も満たされキラキラと煌めく百介を、有象無象の群れの中に放っておくな、とおぎんは忠告しているのだ。
「奴が、先生ェを守ってねぇだと?」
「違うのかェ?」
「料簡違いしてンじゃねぇや」
おぎんに振り返った又市の表情は、逆光の為かハッキリはしない。
「あれで良いんだよ。誰か特定の一人に的を絞れるようじゃ、駄目だ」
「又さん…」
「奴も、お前ェも、世間様から後ろ指差されるネタの、一つやァ二つはあるだろぅよ」
それが、何処でどう繋がって、百介に牙を剥くか知れたものじゃない。
それならば、悪意に付け入られる隙を与えなければ、良いのだ。
百介は『何も知らない・判らない』ままで、独りぼっちでいれば安全だ。
何処で何をしようと、利用価値の判断し難い対象は、逆説的に悪意からは遠避られ、安全になる。
「守りきる覚悟があるなら、別れる覚悟もしとくに限らぁな」
嘯く又市に、おぎんは舌打ちをする。
「………妾ァ、アンタのそういうトコが大嫌いサ、“小股潜り”」
悟ったような口訊いてサ、今度こそは先生ェ哀しませないよぅ、無い知恵搾ったらどぅだい!?
おぎんから見れば、百介は切望していた又市との時間を、何とか喪うまいと必死に足掻いている。
その一途さが、哀しいまでに愛惜しいから。
又市が口にした、残酷な未来図に、おぎんは憤りを感じるのだ。
「だからよぅ……こぅして嫉妬に身を焦がしてらぁな」
又市は、百介の必死な想いを知っている。
それでも、百介が求めて満たしてくれる以上に望んでしまう、唾棄する程に醜い己の感情をも良く理解しているから。
人を騙るなんざ朝飯前の“小股潜り”が、百介の前では己の心を偽れない。
「…へぇ、素直な口ぃ訊くねぇ」
どぅいぅ風の吹き回しだろうね、気持ち悪い。
おぎんが冷たく言うと、又市はニヤリと若気た笑みを浮かべて。
「そう奴が言うと、先生ェは御機嫌取りに、存分に甘えさせてくれるンだぜ」
百介は、又市の望む願いを、出来る限り適えようとしてくれるから。
少しばかり、弱音を吐いて見せて、心配をさせて…。
『独りぼっちになる』ことを心底恐れている百介を、又市は利用する。
最愛の人を、独占する為に。
「…っこンの惚けナスビっいっぺんその腐れた脳味噌、日干にしてやるっっ」
すかさず放ったおぎん渾身の蹴りを避けて、又市はケケケッと質の悪い笑い声を上げながら、研究室を逃げ出した。
「先生ェ……矢張り先生は、奴みてぇな下衆な男よりも若い女子大生のが、良ぅ御座いやすか」
「えっ、えっ?何を言ってるんですか、又市さん」
思い詰めたような又市の口振りに、百介は慌てて聞き返す。
「随分と親しそうでやしたねぇ」
研究室の窓から見てやした。思わず嫉いてしまいやしたよぅ。
「あのっ、そんなことはっ。又市さんが思うような事ではありませんから」
必死に身の潔白を訴える百介だが、又市は総て承知の上で演技をしているのだから、意地悪いし始末が悪い。
「どぅでやすかねぇ。まさか奴に愛想が尽きて……」
わざとらしく肩を落とした又市が、落胆の様を見せて顔を俯かせれば。
心外だ、と強い口調で否定しながら、百介は又市の手を取り、ギュッと握り締める。
「そんな筈、ないでしょうっっ」
私は、又市さんが好きなんです。又市さんだけ、ですよ。
狙った言葉を貰えて、内心脂下がりながら『先生ェ』と弱々しい声を上げ縋り付き、百介の肩や背を撫で回す又市。
その背後から、鬼姫もかくやとばかりに、まなじり吊り上げた般若の形相のおぎんが、迫っているのに気付いているだろうか。
又市の明日はどぉおっちだ
2008.05.28 -END-
[あとがき]
キリバン9000リクエスト、“水乃”様
少しでもリクエスト希望に添いましたでしょうか
が大変遅くなり、申し訳御座いませんでした。
お怒り、苦情、御座いましたら、謹んで御請け致します。