狩猟2(リクエスト)
□キリバン14000リクエスト
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年末だというのに、とても暖かくて穏やかな珍しい日だな、と思ったら。
陽が傾き出す頃から急激に冷え込んで、しかも風も強くなって来た。
又市は、こんな時間帯に待ち合わせの約束をしたことを後悔しながら、相手が来るのを足踏みしながら待っていた。
待ち合わせ場所を変えようにも、相手との連絡が付かないのだから、ここは諦めて大人しく待つしかない。
しかも、この時に又市が待っている相手というが、あの考物の百介なのだ。
小悪党仲間ならば目印一つ残して、さっさと暖かな場所にズラかるのだが。
ナニがナンでも、ここは待つしかないだろう、と又市は寒風吹く中立って待っている。
百介は旅路を急いでいた。
こんな師走押し迫った時期に旅をしているのは、大事な約束があるからだ。
何時もならば冬場には江戸に戻っていて、忙しい表の大店の様子に肩身の狭い思いをしながら書物に埋まった離れで年越しをするのが、百介の通年なのだが。
「まさか、又市さんと会うなんて」
そのまま、助っ人を乞われ仕掛け仕事に協力した後、又市は百介を誘ってくれた。
『なんでも、この時期の夜中になると枝という枝に火が燈る、という大樹があるそうでやすよ』
奴が案内しましょう、見に行かれますか?
そう誘われて、断るような百介ではない。
あの又市が個人的に誘ってくれて、しかも怪異が見れるかも知れない、なんて。
最高かも知れない
二つ返事で承諾した百介に、又市はとある場所に来るよう指示した。
仕掛けは無事にことを納め、百介は仕掛けた回りの人々に不審を抱かれぬよう、素早くその場から立ち去らなければならなかった。
とすれば、おぎんや治平と途中別れて、江戸へ帰る道とは別方向に向かわなくはならなくなる。
又市は、それを踏まえて待ち合わせ場所を伝えてくれたようだ。
『奴は先に行って待っておりやすから』
嬉しくて弾みだす心をなんとか落ち着けて、百介は頷いた。
「はい」
はい、又市さん。今、参りますから。
自然と緩む口許を引き締め、百介は先を急ぐ。
約束した場所と刻限は、もう直ぐだ。
風が強く吹いて、何処かの樹から雪の名残を落としていく。
空を見上げて、又市は誂え向きだと口の端を持ち上げた。
雲はそんなに厚くない。
昼間の暖かさに積もった雪が全部溶けてしまうのではと案じたが、逆に寒さで濡れた枝先が凍って、丁度良いだろう。
寒さに震えながら、自分は何をしているのか。
又市は笑みを浮かべているだろう己を、自覚している。
待ち人未だ来らず。
というか、何時も早手回しで何かに急かされるように動く又市が、約束した時間に遅れることはそうそう無い。
だが、待ち合わせの場所に刻限より前に着いて、ソワソワと待っているなんて。
この心持ちは、酷く新鮮で、又市を浮かれさせる。
『早く来い、来い』
そうして。
曲がりくねった道の向こうに、見慣れた道中を羽織り笠を被った人影が現れた。
遠目でも、又市には、その人影が百介だとパッと判る。
一旦、足を停めた百介は、又市を見付けて大きく頭上で手を振ると、先程よりも早い足取りでこちらに向かって来てくれた。
来る約束は交わしてあったが、それでも刻限前に来てくれたのだ。
又市の前に立った百介は、白い息を吐き弾ませながらニッコリと笑って頭を下げた。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
だいぶお待たせしましたか?
又市も、頭を下げる。
「いやいや、刻限にゃ未だ間がありやす。気が急いているのは奴の性分、お気になさらずに」
一旦は宿に荷物を解いておきやしょう。目当ての樹は山の上の方だそうで。
先に立って案内しようとした又市の手を、ついっと百介が捕らえた。
「ああ…冷たくなってますよ」
固まった又市を尻目に握った手を両手で挟むようにして、顔の前に持ち上げた百介はハァ〜と息を吹き掛け擦り合わせる。
「……だいぶ、お待たせしてしまいましたか」
「いやあの、先生ェ」
冷えた手から温もりが伝わって、又市は激しく動揺した。
そんな心を諭されぬよう、やんわりと手を引っ込めようとして。
「…宿に、行きやしょう」
又市は、掠れそうになる声を、無理矢理にも吐きだした。
予め又市が話を通しておいた小さな宿に草鞋を脱いでから、カンジキ借りて首に布巻付け重ね着もして防寒対策してから、百介は山の上にあるという不思議な樹に向かう。
宿や村人の話では、今日みたいな寒い夜に、怪異が現れるという話だ。