狩猟2(リクエスト)

□キリバン3000リクエスト
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《貴方を消さない》


 土手沿いの草地が、一面の緑と黄と白に埋め尽くされている。
 風に吹かれて、時折、綿毛が舞い上がって、空へと消える。
 蒲公英の群生があるとは知っていたが。
「今年は異常繁殖でもしたのかよ?」
『いちめん、なのはな』ってフレーズが、頭の中を駆回る位に。
 一面…タンポポ。
 又市は、自転車を放り出し、土手を埋め尽くした観のある蒲公英の中に座り込んだ。
 未だに、待ち人来らず、なので。
 つーか、この土手の上のサイクリングロードが『散歩コースなんです』と、穏やかに笑って話していた先生に、辛抱堪らず逢いたくなったから。
 自分でも『危ね〜な』とは思うが、百介先生の事だったら何でも知りたいし、共有したいと思ってしまう。
 多分、休日で天気良い午後だから、百介は絶対に散歩するだろう、と予測して。
 一日中、読書三昧な日もあると話していたから、さて、賽の目はどっちになるか?
 又市は、手持ち無沙汰で近くに生えている蒲公英の綿毛をブチと千切り取った。
 その先に、綿毛ではない白い蒲公英が、黄色から離れて、ひっそりと身を縮めるように咲いているのに気付く。
「変種?色違い?」
 白い蒲公英なんて、珍しい。
 又市が摘み採ろうと手を伸ばし掛けた時に、土手の上から、『え?』と小さな驚きの声が上がった。
「又市さん?」
 振り向けば、こんな場所で会うなんて、と驚き目を見開いた百介が、次にはニコニコと嬉しそうに笑いながら、又市の隣りに歩いて来た。
「先生ェ」
「又市さんも散歩ですか?私の家も、この近くなんですよ」
 百介は笑顔の儘、そう言って、少し先の高台にある白いマンションを指差した。
「そぅでやしたかぃ」
 又市は、微笑み返しをしながら『知ってる』と胸の中で呟く。
 山岡百介という高校の臨時教員に関して、又市がどれだけ熱意を持って情報を掻き集めていたかは、彼は知らないだろうが。
「ちょっと、寄り道してやしたンで」
 つか、先生ェを、此所で待伏せしてたんでやすがねぇ。
 又市に『そうですか、此所は気持ち良い場所ですから』と、言葉を返しながら、上品な仕草で『お隣り、宜しいでしょうか』と断わりを入れて来る。
 願ったりな状態に舞い上がりながら、又市は自分の隣りをぽんぽんと叩き、座れば良いと年上で教師の彼に勧めた。
 百介は又市に軽く頭を下げてから、肩が触れる程に近い位置に腰を降ろす。
 何気無い仕草の一つ一つに、この百介という年上の男の、育ちの良さだとか人の善さとかを、心地良い驚きと共に新しく発見する思いで、嬉しくなる。
 百介の一挙手一投足に、一生徒でしかない又市が、こんなにも魅かれているなんて。
『多分、この先生ェは……判らねぇだろな
 そぅ言やぁ、色恋事は苦手、つーか無縁とか言ってたからなぁ
 地道に個人的情報を収集しつつ、百介先生にマメにアプローチの真っ最中な又市なのだが。
 百介が側に近付けば、ふわりと柔らかな匂いが漂い、又市はドキドキ跳上がる鼓動と、浮ついた気分を悟られまいと、さっき目を引かれた白い蒲公英を指差した。
「ほら、あれ。白い蒲公英なんて珍しいですね」
「ああ、本当に。ニホンタンポポですね」
「へ?」
「黄色はセイヨウタンポポで、白色は昔から咲いている蒲公英です」
 ほら、ここの蕾の根元が違いますでしょう?
 二つを比べると、確かに違う種類だと理解出来る。
「先生は花も詳しいんでやすねぇ」
 感心して見せると、『いや、そんなことは』と謙遜して顔の前で手を左右に振る、百介。
「いえ、これは昔、人に教えて貰った事がありまして」
 でも、この蒲公英も来年は見れないかな。
 と、百介は呟く。
 何故か、と聞き返した又市に。
「セイヨウタンポポは強いせいか、この白い蒲公英は、あっと言う間に追いやられてしまうそうなんです」
 ひっそりと、肩身を狭めるように黄色の群れに飲み込まれる、一株の白い蒲公英。
 やがて貴重な白は、周りの黄色に飲まれて、消えてしまう。
 咲かなくなってしまう。
 又市は、白い蒲公英に百介の面影を重ねてしまって……ぞくり、と身を震わせた。
 臨時教員だから、百介は、いずれ又市の側から居なくなる。
 消えてしまう。
 日溜りみたいな、柔らかな笑顔が、二度と見れなくなる。
 ニホンタンポポ、みたいに……。
「私も蒲公英みたいですよ」
 自覚があるのか、百介はそぅ言って自嘲の笑みを浮かべた。
「風か吹いたら、何処に飛んで行くか判らない。しっかり根を張って生きる覚悟も無く、責任逃れな曖昧な生き方しか出来ない」
 私は、あまりにも、情けない大人なんです。
 勉強は教えられても、逆に又市さんから“生きること”を教えて貰っている有様ですから。
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