狩猟2(リクエスト)

□キリバン4000リクエスト
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《バンパイヤの欲求不満》

 又市は、その日。
 上役達が勝手に決めた婚姻の儀式をスッポカし、寂れた神社に逃げ込んでいた。
「婚姻なんて、冗談じゃ無ぇや」
 “一族”ならば避けては通れない儀式だが、又市にしてみれば『当分は放って置いてくれ』である。
 “一族”内に永久に添遂げようなんて思える好いた相手は全く居らず、かといって回りの人間で又市が気に入る者なんて丸っきり居ないというのに。
 一人気儘にやってくのが性に合ってる。
 つーか“一族”内の結束なんて『そんなの関係無ぇや』な又市なのだ。
 だから、その日も。
 神社の境内に誰か居るのには気付いていたが、“一族”でないなら、さして問題も無かろうと無視するつもりだった。
 白い礼服のまま又市が人気の無い境内に足を向ければ、御神木らしき太い銀杏の幹に、両腕を回して抱き付いている若い男が一人。
 背広を着てはいるが、態度は丸っきり子供みたいで、柔らかな笑顔で大樹を見上げていた。
 その姿を一目見た途端、又市は固まってしまった。
 容姿の美醜ではない。その若い男の魂の美しさに、又市は息を飲んだのだ。
『こいつぁ……』
 稀に見る、魂魄の持ち主なのだろう。
 柔らかで暖かな、春の陽射しのような波動。
 又市に気付いた男は、少し目を見張り、抱き付いていた大樹から手を放すと、ペコリ、 と頭を下げて来る。
 慌てて、又市も軽く頭を下げた。
「良い天気でやすね」
 軽い口調で聲を掛ける。
 又市は、この時、『なんとしてもお近付きになりてぇ』一心だったのだ。
「ええ、良い散歩日和ですね」
 柔らかで、内面の素直さと人の善さが滲み出て来る声音だ、と又市は相手の声に聞き惚れた。
「貴方も散歩を?」
「へい。ちょいと息抜きに、ね」
「此所は、普段から余り人が来ない神社なんです」
 息抜きには丁度良い場所ですよ、と。
 礼服着たままの又市を大して詮索もせず、彼は再び大樹に手を当てて高い梢を見上げた。
「奴ぁ、又市といいやす」
 貴方様は、どちらさんで?
「山岡百介です」
 それが、又市と百介の出会いの最初だった。



「良い加減にしやがれっ!」
 怒鳴り付けられても、不貞腐れた様子を直す気もないらしく、又市は肩で息を付く相手を横目で伺う。
「言った通りでやすよ。奴ぁ、あの御人だったら“婚姻”の儀、承諾しやすが、それ以外のヤツなら御免蒙りまさぁ」
「お前なぁ、“婚姻”の儀の重要性を理解して言ってるのか?」
 勿論、と又市は石頭の上役に頷いてみせた。
 生涯を添遂げる相手との、婚姻の儀。
 又市達の“一族”にとっては、それは殊更に重要な、魂を分け合うという意味をも持つ儀式なのだ。
 比喩ではない。
 又市は“バンパイヤ”と世間に呼ばれる、不死の魔物一族なのだ。
 その不死性を分け合い、血とエナジーを分け合う唯一の配偶者を選ぶ重要な儀式を又市は『嫌だ』と突っ撥ねた訳である。

 あれから。
 又市は、何度も機会を作っては百介に会いに行った。
 勿論、“一族”の力を使えば、『山岡百介』という男の素性など、簡単に割り出せる。
 その上で、『婚儀をスッポカした』と頭から湯気立てて怒る上役連中に、爆弾を叩き込んだのだ。
 つまり。
 “一族”ではない赤のスッ他人である男と、“婚姻”の儀式を執り行いたいのだ、と。
「相手は普通の人間の男だぞ。承知すると思うか?」
「思いやせんねぇ。ですけどよ、無理矢理にでも奴が『欲しい』と思ったのは、正直あの御人だけなんで」
『ふむ』と、腕をこまねき、上役は考え込む。
 正直、“一族”内だけの婚姻では血が濃くなり過ぎて、良い加減偏りが目立ってしまっているし、本音を言えば此所らで新しい血が欲しい処なのだが。
「暫く待て。お前の願いを上に報告する」
 重い腰を漸く上げた上役に、又市はニンマリ『初恋貫徹』と牙を剥いて笑った。



「又市さん?」
 呼び出された刻限は、月も頭上に上がる夜のこと。
 百介は、出会った最初と同じように白い礼服を着て現れた又市に、目を丸く見開いた。
「こんばんわ、百介さん」
 良い月夜でやすね。
「ええ……でも、何故こんな時間に?」
 呼び出すような真似を、と。
 又市の纏う雰囲気が常とは違うことを悟ったか、百介はオドオドと又市や周りに視線を移している。
「百介さん、アンタが欲しいんだ」
「………え?」
「アンタを奴のモノにしてぇ。連れて行っちまいてぇンだ」
 無理矢理にでも、来て貰おうか。
 ニマッ、と。
 嘲笑う又市の口には、普通の人には有り得ない、鋭い犬歯が伸びていた。
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