たえとの短編集☆

□ラムネの時間
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ラムネの時間
南☆妙斗

繰り返しみる夢がある。それは、美味しいラムネ水の泡が、パチリと弾けて消える間のような時間。その間、私はすごく書かなくちゃと思ってる。だから書くことにした。

誰かの生きて死ぬまでを、あっという間に体験するような。自分は確かに自分で、出会った人たちは皆、同じ。住む町も同じ。なのに、少しずつ違う見た目、少しずつ違う出会かた、少しずつ違う記憶、まったく違う人生。

それはとても暑い夏で、私は20代の後半くらい。私には素晴らしいアイデアがたくさんあり、製品を作り、会社を開く。住居のあるこの町ではない、どこか別の広い場所に、工場まで契約して、ちょっとした実業家になっている。

女なのに、なぜか仕事をしているときは男として振る舞った。大きめのベージュのスーツを着て、焦げ茶色の長い髪は、両側で三つ編みに結って、丸くまとめて帽子のなかに入れていた。

ちょうどジブリ映画に出てくる、昭和前半のような時代背景のせいか、男の姿でいた方が、バカにされずに仕事が出来るみたいだった。

こうなる前は、白ブラウスにスカートをはいて、各地で学校や児童館の臨時教員をしていたらしい。(これは、私の今の人生と似ている。)

仕事帰り。親友と会う。男みたいな背広をきた私は、新製品の開発話なんかをしながら、ワハハと豪快に笑う。親友はニコニコと聞いてる。

不思議なことに、坂を下る間に、私はすでに中年の大人になっていた。友人の髪にも白髪が混じる。現実の私より、もっと年をとっているのだ。

駅の横の階段を降りたら、住宅街へ続く静かな狭い路地に入る。両側に小さな飲み屋や雑貨屋や、美容室が並ぶ。そこは幼少時に住んでいた町だが、店の配置が少しずつ違い、今ではなくなった店や、なかには知らない店もある。

一軒の飲み屋に目が止まる。黒い木目調の飲み屋の壁には、くしゃくしゃの白い紙に、墨の文字、無骨な墨の絵。「焼き鳥 串カツ」「季節の野菜 天ぷら」「 自家製 名物 らむね 有り□」などと書いてある。

こんな店あったかな?などと友人と会話しながら、名物ラムネを飲んでみようと店に入る。

お客は大勢で店内はごった返し。そのほとんどが知った顔ぶれだが、児童館の教員時代の先輩や、中学校時代の部活の顧問、小学校時代に転校してしまった友人など、その場で集まるはずのない人たちが、一度に目の前にいて、どんちゃん騒ぎをしている。

私はなぜか、ラムネだけでかなり酔っぱらったらしく、頭が痛い。いつのまにか、スーツの上を脱ぎ、ネクタイを外して投げ、シャツをはだけ、下のズボンは脱いでパンツ一丁だ。(現実ではそこまで酔うことは絶対にない。)隣で見知らぬおばさんが急須を叩き、キンキンと鳴るその音に合わせて、一緒になって大声で歌ったりしている。急須から光る火花が散り、それが自分の頭から出ているのか、なんなのか、もう訳がわからない。友人は困り顔。

その時にはもう、白髪のお婆ちゃんだ。時間の過ぎかたが、めちゃくちゃだ。

ひとしきり騒いだあと、人がだんだん、去り。私は帰り道もわからない。鞄から、オルゴールのような音がするが、自分の携帯だとも思わない。
いつのまにか、友人もいない。

私を迎えにきた人物がいた。それは教員時代の教え子で、私より20歳以上も年の離れた男の子のはずだ。

しかし、目の前の彼は爽やかな成人男性になっている。にこっと、笑顔。

「先生、迎えに来たよ。さあ、帰ろう」

彼は介護師のような格好だ。無言で私の前に立ち、人に見えないように素早く、私にバスタオルを巻き、せっせと着替えをさせた。私は気恥ずかしくて大人しくしていた。

あっという間に、ひどく柔らかいガーゼの生地の、派手な花柄のパジャマ姿になっていた。歩けないほどの老婆になっており、彼の方を借りて、車椅子に乗せてもらい、帰途につく。

「心配したんだよ。先生、携帯をとらないから。鞄から音がしていたでしょ」

「知らないおばさん達と仲良くなってね、歌を歌っていたんだよ。そういえば綺麗な音楽が鳴っていたね」

「だからそれ、携帯の着信〜、聞こえてたんじゃないか〜、俺が電話してたの〜!もう、しょうがない人だなぁ(苦笑)」

「そうだったの?お店が鳴らしてる音楽かと思ってたよ」

若い男の子と老婆なのに、恋人同士みたいな感情が、お互いのなかにある、奇妙な関係。

そこから、長い急な下り坂。
彼はどこからかスケート靴をとり出して履き、私を乗せた車椅子を思いきり押した。

車椅子はぐんと加速し、ものすごく速いスピードを出して坂を下った。頭のなかで、時間や空間がごちゃ混ぜになり、真っ白になる。

気がつけばまた、私は10代後半くらいの若い姿に戻っていた。

「大丈夫だった?」

「う、うん………」

長い長い坂を無事下り終わる。

車椅子をのぞく彼の顔は、爽やかな成人男性のまま。目があった。

彼はまた、にこっと自然に笑った。

その道は、そのまま行くと、現実では自宅につながるはずなのに、どこか違う配置の住宅郡へ入っていった。

私は、知らない我が家へ帰っていく。


…………………目が覚めたら、今朝の6時ちょうど。



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