たえとの短編集☆

□遭遇 Bar『Harf/Moon』シリーズ3
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 穏やかな午後のひと時を、彼は近所の公園で過ごしていた。

天然の雑木林になっているここは、散歩にはちょうどいい。

うしろからやって来た緑の香りをいっぱいに含んだ風が、彼の前髪をサッと掻きあげて空へと戻っていく。

(あすこへ行くのか……………。)

 明日はいよいよ地球を出発する日だ。

彼、由江 薫は、惑星調査ロケット「ジュピター・ヘルメス」号の乗組員で、調査チームの中では最年少者だ。

午前中までに今回の調査内容の再確認と最終身体検査が終わったので、午後はそれぞれが自由行動をとる事になった。


木々の香りを胸いっぱいに吸い込む。

今回の調査は期間が短いほうだが、それでもあと1ヶ月はこの地球から離れることになる。

クルーの連中は皆そろって墓参りに行ったようだったが、彼には父からもらった金色のロケット・ペンダントがあったので、それを見るだけで十分だった。

「父さん、母さんに会いに行くよ……」



 父親が宇宙飛行士だったこともあって、彼は幼い頃から宇宙へのあこがれを持っていた。

もちろん小さな子供なら、誰しも未知の宇宙にあこがれるものだが、彼の持つそれはどこか質が違っていた。

一人で夜に星空を見上げていると、懐かしさに似た不思議な感情がこみあげてくることがあった。

たくさんある星々の中の(どれだかはわからないが)どこかにある星が、薫を呼んでいるような気がすることがあった。

自分のそんな気持ちについては、何度も父親に話したことがあった。

すると決まって父は薫を高く抱き上げて、こう言うのだった。

「薫、それはな、おまえの母さんだ。大きくなったら会いにいってやれ!」

 薫は自分の母親については写真でしか見たことがなかった。

いつも父の首からぶら下がっているペンダントのロケットの中に、それはあった。写真の中の母はとても綺麗で、どことなく儚げに微笑んでいた。

父はよく、そのペンダントを開いて見せながら母の話をしてくれた。

だが、自分で覚えている母親の記憶といえば、頬っぺをさすってくれる白くてきれいな手の甲や、柔らかくていい匂いのする乳房や、やさしい口元などでしかなく、全体の姿はボンヤリと曖昧だった。

それでも、薫はよくねだって父にそのペンダントを見せてもらうのだった。

あれから10年が経った今でも、夜空を見上げると、その不思議な感情が湧いてくる。

父が惑星の調査をしに宇宙へと出掛ける時は必ず墓参りをしたが、母親はどうもそこには眠っていないらしかった。

父と最後に墓参りに行った時のことを、薫は今でもよく覚えている。
     
「薫、じいちゃんとばあちゃんの墓参りに行くぞ」

「ねぇ、お父さん、お墓って死んだ人がはいるところでしょ?」

「そうだよ」

「じゃあお母さんはこの中にいるの?」

「いいや。薫、母さんは死んでないぞ。ただな、ここからだいぶ遠いとこにいるんだ」

「遠いとこって、空の上なの?僕お母さんに
会いたいよ……」

すると父は薫をぎゅっと抱きしめて。そして空のほうを見上げて。

「そうなんだ。母さんはなぁ雲の上のもっと上の、だいぶ遠いとこにいるんだ。
今度の調査で父さん、その近くまで行くから、あそこから母さんを連れて帰ってくるからな。おまえは家でかしこくしてるんだぞ?」

「本当?うん、わかった。絶対だよ?」

  ☆☆

 ああ、と返事をしてくれた父はそれから帰ってこなかった。

家にいると寂しくて、よくお泊まりをしに行った、惑星調査・観測センターの女史がある日、薫にすまなさそうにこう言ってきた。

「薫くん、薫くんのお父さんね、ちょっと帰ってこられなくなちゃったの」

「え、どうして?お母さんがみつからないのかな?」

女史は涙を流しながら、薫をぎゅっと抱きしめた。

「ちがうの、ちがうのよ薫くん!あのね、これあなたのお父さんからの預かり物なの。私にはこれだけしかしてあげられないの、本当にごめんなさい……」

そう言うと握りしめていた白い封筒を薫の手のひらに乗せた。

震える手で中を開けてみると、父の金色のロッケット・ペンダントがきらめいてすべり落ちた。

それと共に父が記したらしい小さな四角い紙切れが1枚はらり、とでてきた。

(薫へ。 父さんはどうも帰れないみたいなんだ。
母さんをつれて帰るって約束したのに、本当にごめんな。そのかわりにもならないとは思うが、父さんのこれをやるよ。
お前が大きくなったら母さんとこに会いにいってやれるようにな。

それじゃ元気にしてるんだぞ? 父より)

 その封筒は父が打ち上げ当日になって、何かあった時にはこれを息子へ渡してくれと、急に思いついたように走り書きをしてこの女史に預けたらしかった。

女史は父の助手をしていて、父と一緒にこのセンターに泊まる時はいつも薫の相手をしてくれていた優しい人だった。
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