たえとの短編集☆

□ある夢の話
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 誰にも話せない夢の話をしよう。

 その世界では、私は王女だった。いつも紅の衣装で身を包み、長い黒髪は後ろで一つにして、高く結い上げていた。

私には身分違いの恋人がいた。彼は誰かが遠征に行った際に、死にかけていたのを拾ってきた子供で、気に入ったので従者にしたのだった。

彼は私の世話なら、何でもした。

☆☆☆

 ある時、敵国が一気に攻め入ってきた。真紅の旗のわが軍勢は、やがて黄と黒の旗を持つ軍勢に取り巻かれ、圧倒された。

父王と王妃が自害して、ついに私の国は敗北した。私は従者と共に生け捕りにされ、敵国に引きずられて行った。

 敵国である黄国は、恐ろしく野蛮な土地だった。

民はみないくさ戦と踊りを好み、派手な黄色と黒の服を身にまとった、浅黒い戦士たちだ。細くしなる鋭い銀刀を二本ずつ、誰もが腰に下げている。

 彼らのもっとも恐ろしい習慣は、人肉を喰らうことだ。戦で負かした国の者は必ず、宴の席で奴隷どもに喰らわせ、忠誠を誓わせる。

特に、高貴な位にいた者たちは生け捕りにし、「死の踊り」という儀式を行う。

それは、王が手持ちの奴隷とトーナメント形式で戦わせるというものだ。もちろん死ぬまで。負ければ、仕留めた者に褒美として喰らわせる。

もし万が一でも、捕虜が勝ち残れば、稀なるつわもの強兵として起用して忠誠を尽くさせるか、自害の道、どちらかを選ばせるという。

☆☆☆

 ほどなく私たちは王の前へ引き出された。そのとき、従者の腕をつかんでいた兵がこう言った。

 「陛下、この者はわれらの国証である刺青をしています!」

 確かに彼の右腕には、奇妙な青い染みがあった。それは、拾われる前から、ついていた。

まさか、彼の故郷は……。
 
 「知らない!俺は紅国の者だ!」

そう言う彼を、兵が鞭で激しく打ち、黙らせてしまった。

私の中では、信じたくない気持ちと、まさかという思いが入り混じっていた。

 幼いころから私は剣術を身に付けていたらしい。
だから「死の踊り」が始まっても、私は敵国の奴隷には負けなかった。

本来は一対一で戦わせるはずが、なぜか王は私たちを二人一組にした。

私たちは背中合わせで、お互いをかばい、闘った。

私一人でも大丈夫、と思っていたが相手は大の男。いつも試合で負けてくれる練習相手ではない。

私は稽古の時、いつも指摘される死角があった。それは、背後の一点。その部分だけを、今日は私の愛する人が守ってくれている…。


 私たちは血眼で襲いかかってくる敵国の奴隷を、次々と倒していった。仕留めるたびに、相手の鎧が豪華なものに変わっていくのに気がついた時、背後から愛しい従者が囁いた。

「愛しい姫、敵はもうすぐあなたと僕を戦わせるでしょう。あなたの身も心も、やつらにはやりはしません。」

「私はどうすれば?」

「よく聞いてください。まず、僕を一度突いてください。体が蘇ったところで、あなたを突きます。その瞬間に、『目覚め』て下さい。僕の魂を一緒に連れて行って。この世界に残ったあなたの体は、全部残さず、僕がいただくことになるでしょう。」


切なかった。嬉しくて、同時に悲しくて。


 そう、ここは死のない夢の世界。死者はしばらくすると、蘇るのだ。

私だけは違った。意思があればいつでも自由に『目覚め』て、現実の世界へ帰ることができるのだ。
彼はそれを知っていた。

 この戦いでもし女が勝てば、王や奴隷たちに弄ばれた後に殺される。負ければ言うまでもない。

どちらにしても、あんな王にこの身を捧げたくはない。私の骸を、愛しい従者が口にするのなら。

「わかったわ。」

そして、最後の奴隷が倒れた。王は予想通りの言葉を吐いた。

「ほぉ、見事なものだな。聞くところによるとそこの者、わが軍の証を持つというではないか。よきはからいをしてやろう。お前がこの姫君を殺せ。わが軍の兵士として起用してやろうぞ。」

「たしかに俺はこの国の生まれ。いいだろう、ではこの試合から俺は黄国兵士に戻ろう。」

「それでよいぞ、若者よ。試合の『褒美』もお前のものだ。さぁ、殺せ!」
 
 周囲に、下品な笑い声が広がる。宴の焚き火は、一層強く燃え上がる。

下卑た笑いを見せる王が見える。お前に、私の何一つやるものか。

細くしなる鋭い銀刀を二つ持たされた最愛の人と、私は向き合った。

剣と剣が、交じり合う。その金属音は、いつまでも耳に残った。手首はしびれ、頭はもうろうとしてきた。

 一度、彼を斬った。愛しい人はその瞬間も微笑んでくれていた。

 ほどなくするとユラユラと起き上がり、蘇った彼はうつろな瞳でこう言った。

「俺の魂はもう死んだ。いまあるのは体のみ。あんたの肉は、俺がもらう。」

そして、あっという間に私の背後にまわり、一気に剣を突き立てた……。


☆☆☆


 唐突に、目が覚めた。

 朝の青白い光が、開けない瞳にも容赦なく注ぎ込んでくる。

もう半分ほどになってしまった暗闇のなかに、いつまでもいたかった。

いつまでもいたかった。彼の魂と、共に。

私は、彼の命の誉れと共に、この現実に帰ってきた。

彼は、私の命の誉れを守ってくれた。

次に会う時には、私はきっとちがう姿だ。

そして向こうの彼はもう黄国の亡者だろう。私の肉を喰らって喜び、以前の記憶は失い、新しい奴隷の妻をめとっているにちがいない。


私は泣いていた。

切なくて、嬉しくて同時に悲しくて。


(終)

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