たえとの短編集☆
□魔王を呼ぶ彼
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これは、私がよく見る夢の話。
前世の夢というものが、本当にあるのなら、こういうもの、なのかもしれない。
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私の手には、モーツァルトか誰かの、天才ピアニストが、とり憑いてる。
以前は、両手とも占領されていた。今回は、右手のみだったけれど。
彼はピアノとみると、ところかまわず弾きまくる。
グランドピアノでも。家用ピアノでも。調律の狂った、古いピアノでも。オモチャのピアノでも。
鍵盤なら、何でもいいらしい。手当たり次第だ。
彼が弾き始めると、調律はあっという間に整い、ピアノは生き物のように、波打ちだす。
音程が整ったところで、一呼吸おいて。
彼が弾き始めるのは。長い長い、壮大な一つの曲。
それを弾き終わった時、何か恐ろしいものが復活するようだ。魔王のような、なにかおぞましい存在が。
私は彼の恋人で、いまはその生け贄らしい。
私は、口がきけない。
過去はバレリーナだったみたい。
今回わかったのは。
口の中に何個か、小さい鈴が入っていて、自分の名前は『すず(もしくは、リン)』だと告げていること。
それが魔除けになって、自分の意識を保っていられるみたい。
彼は自分と、前世の私を復活させるために、そいつを復活させようとしてる。
狂ったように、笑いながら。時に泣きながら。
私はそんなこと、してほしくないのに。もう以前の私ではないのだから。
自分のなかの彼を止められない。とても、悲しい。
途中、何度も目覚めるのに、再び眠ると続きを見る。
私の体力がある間(つまり眠っている間、その世界にいる間)は、ずっと弾き続ける気だ。身体が勝手にピアノを求めて彷徨う。
ピアノ苦手な私が、いきなり教科書に載るような、激難しい曲を弾き始めるので、皆が驚く。
弾き始めると、その場の時間が止まってる。
ピアノが、彼の指にあわせて、激しく動きだす。まるで黒光りする、動物のようだ。
ああ…弾き終わる…だめよ……だめよ、だめよ………
たまに、自分の意識が優位に立つ時がある。
そのときには、彼(自分の手、だけど)をなだめ、ピアノから引き離し、遠ざける。
彼はすこし落ち着く。
『まぁ、そう焦ることはないか』と。
私の好きだった小さな曲等を弾いたりした後、おもむろに席をたつ。
その場の時間が、戻る。
でも。
気が付くと、また彼は、餓えたように別のピアノを探しはじめる。
はっきりとした、続きの譜面が、私の頭のなかを渦巻いている。指が、鍵盤を求めている。
一度手をつけて、弾くのを止めたピアノは、もう使えないらしい。
夜の学校の、音楽室に忍び込み、ピアノを漁っていたとき。
昼間も見ていた吹奏楽部の顧問が、私のなかの天才ピアニストの彼に、気付いてしまった。
先生まで、とり憑かれたように、ありったけの鍵盤を次々と用意して、差し出してくる。
いらないです、先生…余計なこと…しないで…ください…やめて…ください。
彼は、ピアノにとびつく。弾きながら、調律をすませる。むしゃぶるように、またあの曲を弾き始める…。
狂った笑いを浮かべながらも、その手は驚くほど正確だ。一節たりとも、違えない。物凄いスピード。
だめよ、だめ……その曲は……弾かないで………。
私は、知っている。
その曲が終わったとき、復活するのは魔王だけだと。
彼も私も、肉体が一度は滅んだのだから。同じ姿で復活できるはずは、ない。
彼は、利用されているのだ。それが、わかっていないのだろうか。
だめよ、だめ……その曲は……弾かないで………終わるとあなたは…破滅するのよ………
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いつもそこで、目覚めてしまうのだ。
切なくてもどかしい、短い夢……。
☆終☆