のべる2

□恋の予感
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変わり始めたのは、三月。冬と春の境目のある日。



「書き終わったぞ、不二。……不二?」

夕焼けであかね色に染まっている部室には、手塚と不二が残っている。
部日誌を書き上げた手塚は帰ろうと不二に声をかける。が、返事がない。
筆記用具を鞄の中に入れ、向かいに座っている不二に視線を向ける。


「……ん…」

「寝てるのか…?」

疲れが溜まったのか暇だったのか、不二は机に伏せて眠りについてしまっていた。


「不二、起きろ。…不二!」

不二の元へ行って、声をかけても揺すぶっても中々起きない。
すると、不二は軽く身じろぎ顔を横に、手塚の方に向けた。


「……」

手塚は少し困った。

彼があまりに気持ちよさそうな顔をしていたから。
起こすのには躊躇ってしまう。


「んん…」

安心しきって無防備に晒している寝顔。

そっと髪に触れてみる。

すると人の温もりが心地良いのか、不二がうっとりと微笑んだように見えた。

暖かく、そしてどこか色香を漂わせていた。


何かに突き動かされるようにして不二の前髪をかきあげ、衝動的に彼の額にキスをした。



(……俺は…不二に何を…)

唇を離し、手塚が自分のしたことに気づくと同時に、不二が顔を上げた。

いつもは目を細めて微笑んでいる不二だが、今はただ呆然と目を大きく見開いて手塚を見ている。


「悪い…!いや、これは…」

珍しくうろたえる手塚。


「…いいよ」

不二は立ち上がりながら静かに言った。


("いいよ"?
その言葉はどんな意味があるのだろう。謝罪に対しての許しだろうか…それとも別の意味か)


疑問に思っている手塚を余所に、淡々と帰り支度をする不二。


「それじゃあ僕、帰るね」

「あ、ああ。気をつけて帰れ」

いつもは二人で帰るのに、一人で帰ろうとする不二。しかし手塚は止めなかった。
パタンとドアが閉める。
一人部室に残された手塚はそのドアを見たままだった。


(何故、俺は不二にあんな真似を…)

自分が勝手にしたことだから、原因は自分にあると考える手塚が、どんなに自己分析をしても結局、何もわからなかった。
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