短い文章
□セカンドライフ〜成仏が出来ない幽霊〜
1ページ/1ページ
幽霊は大抵自分の死んだ場所に取り憑いている。
そこに人が入ってくると、姿を現し、人間を襲う。
それは例えるなら、縄張りに入ってきた他者を排除しようとする犬と同じだ。
どうせなら犬の方が数倍可愛いのだが。
いや、地獄の猟犬は勘弁してほしい。
普通の誰にでも見える人間が娯楽の為に飼うペットの方だ。
幽霊を成仏させる事ができるとよく聞く方法は、この世にとどまる理由を、未練を失くさなくていはいけないなんて言うけど。
飢えた狼のように誰彼構わず襲う様な幽霊の未練と言う奴を、どう知るかなんて彼は知らない。
顔を合わせれば襲われ、殺しされてしまう。
だからそうなる前に幽霊の墓を掘り返し、塩をまいてから火で焼く事で成仏させる。
それが彼の知る幽霊だ。
彼の知識は彼の家系が代々悪霊などを退治する家系である事が大きな要因である。
故にこういうもののエキスパートである彼は、多少ながら怪我などをするが、成仏と言うには乱暴だが、この世から消し去っている。
彼らをこの世から消し去るには、色々犯罪に手を染めなければやっていけない。
仕方のない事だ。
そして救えなかった者たちも多々いる。
仕方のない事だ、と言い聞かせ悲しみなどなかった事にして今まで生きてきた。
彼は80年程前に建てられた洋館に入った。
鍵がかかっていたが、そんなのは長年の経験によりカギなの意味のないものだった。
ドアを開ければそこには埃を被りきった薄暗い空間が広がり、足下の絨毯から長年人が歩いていない事を物語ったいた。
彼は一度ショットガンの状態を確認し、懐中電灯を点け、ゆっくりと足を踏み入れた。
中央くらいまで歩いていくと、開けておいたドアが急に閉まった。
風など吹いていない。
多分幽霊の仕業だ。
きっと今出ようとしても幽霊はドアを開けてはくれないだろう。
彼はお手製のEMF(彼の友人曰く、壊れたラジオだ)を内ポケットから出し、電源をつけた。
EMFは危険信号を出す様に赤く点灯し、サイレンの様に音を出していた。
備え付けの針は時々振り切る。
幽霊がいるのは明らかだった。
突然懐中電灯が点滅し、やがて完全に消えた。
懐中電灯を振ったり叩いても、点け直そうと何度も電源ボタンを押しても変化はなし。
「どちら様?」
直ぐ後ろから若い女の声が聞こえた。
彼はすぐさま振り返り、彼女を撃った。
弾は実弾ではない、塩の塊だ。
小さな火の粉を散らし、彼女は消えた。
これで少しは時間が稼げるだろう。
しかし彼女はすぐ別の場所へとまるでテレビ画面がぶれた様に姿がぶれ、そこに現れた。
「痛いじゃない、話も聞かずにレディを撃つなんてどうかしてるんじゃない?」
彼女は大して痛くなさそうに、先程の事をまるで嘘のように言った。
彼は驚いた。
てっきり暫くは現れないと思っていたがどうやらそれは勘違いの様だ。
「撃たれて平気でいるお前の方がどうかしてる」
彼は引きつった笑みを浮かべ、彼女に銃を向けた。
恋人に浮気を知られ、問い詰められる男の気持ちがよく分るような気がした。
「どうかしてる?私は幽霊よ?そうやって常識なんかで縛らないでくれる?あと、その物騒な物向けないでくれる?」
彼女は腕を組み、不快そうな顔をしたのだとなんとなく雰囲気で分かった。
いつ人間を襲うかも分らない半不死身の相手を前にショットガンを降ろす気にはどうしてもなれなかった。
「驚いたな、自我のある幽霊は初めて見た。それとも悪魔かトリックスターの見せる幻か?」
彼はさぞ不思議そうに、意外そうに言った。
瞳は疑いを孕んでいた。
「私そんな影響力のある生き物じゃないわ。いえ、もう生き物でもないけど」
彼女はそう言って上を見上げた。
憂いを帯びる瞳が、彼女に大人っぽさを出させていた。
彼はハッと我に返り、ショットガンを握り直した。
邪魔な薬莢をだし、塩の弾を装填する。
彼女はやがて彼を見て、言った、
「私を消せるなんて自惚れないで」
「俺がイかせてやる。遺体は何処だ」
「私の遺体は海の奥深く底に沈められた。だから無理よ」
確かに海に沈められた遺体を燃やす事は無理だ。
だが彼女が全く豹変しないでまるで普通の人間の様に自我のある幽霊でいられる理由が分かった。
彼女の遺体が海で清められているからだ。
海の塩によって清められることで自我を保っていられるのだ。
彼女は遺体を焼けない所為であの世へはいけないが、豹変する事はない。
それなら何の問題もないじゃないか。
「誰も私を消す事なんて出来ないのよ。出来るのは神のみ。でもきっと神は何もしない。世界を見捨てたのだから」
そう言って彼女は幼くも儚いとびっきりの笑みを見せ、言葉を続けた。
「どうせくる美しくも残酷で哀しい世界の終末を前に私は第二の人生を楽しむわ」
彼女は消えた。
セカンドライフスタート
(世界の終末...?それはどういう意味だ...?)
(幽霊の彼女は言う、いずれ分かる事と。)
.