短編小説
□夏の桜の下で
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待ち合わせ場所の学校に着いて辺りを見回すが、まだ一哉はいなかった。
「一哉はまだか……ま、いつものことだけど」
ずっと立っているのは疲れるから花壇に腰をかけた。
花壇の後ろには大きな桜が植えてあり、そこは丁度日陰になっている。
桜は花の代わりに、青々とした葉を茂らせていた。
風の感触が気持ちいい。
「ゆーうーきー!」
暫く涼んでいると、手を振りながら駆けてくる人影が見えた。
はぁ、と軽く溜め息をついて腰をあげる。
「遅い。十分遅刻」
「ゴメンゴメン、ちょっと弟がね。でも、前よりは早かったでしょ?」
笑顔で言い張る一哉に、また溜め息がこぼれた。
「前は三十分だったっけ?普通はそんなに遅刻しない」
「しょうがないじゃーん、何着ていくか迷ったんだから」
「彼氏とデートに行く彼女か」
「それは祐希でしょ」
汗だくの一哉に携帯用の濡れティッシュを差し出す。
ありがと、と受け取ろうとして何を思ったのか、一哉は一瞬手を止めた。
そして、にや、と何か面白いことを思いついた笑顔をして、手を引っ込めた。
「汗、拭かないの?」
「祐希が拭いてよ」
予想の斜め上から飛んできた言葉に一瞬固まる。
「……自分で拭きなよ。そんくらいできるでしょ」
「やーだ。俺は祐希に拭いてもらいたいの」
駄々をこねる一哉の腹に、軽く拳を一発いれる。
「ふぐっ!?」
「駄々をこねない!一哉、歳いくつよ?もう小さい子供じゃないんだから」
大袈裟な一哉の反応はさらりと流す。そうでもしないと、一哉のペースに巻き込まれて後が大変になってしまう。
「ぶー!いいじゃん、汗拭くくらい」
「汗拭く"くらい"なら自分でできるでしょ」
「……ケチ」
頬を膨らませて文句を言ってくる。
再び拒否すると、一哉は拗ねてそっぽを向いた。