短い咄

□おめでとう
1ページ/1ページ



時計の短針と長針が、ぴったりと上に揃う。
瞬間、幾つものクラッカーが弾ける音がアジト内に響き渡った。
その後に飛び交うのは、団員メンバー達からの祝いの言葉。


『誕生日おめでとう!カノ!!』


「あ、りがと.....」


満面の笑みで祝われ、思わず照れ隠しにパーカーのフードを深く被る。
小さな声で礼を言えば、誰かに軽く背中を叩かれる。
反射的に振り向けば、爽やかな笑みを刻んでいるセトの顔が至近距離にあった。


「カーノっ!折角皆祝ってくれてるんすから、照れ隠しも能力もなしっすよ?」

「わ、分かってるよ....てか、セト近い」


赤くなった顔で、セトの胸板を押し返す。
フードを脱いで、皆の顔を見ながらカノは改めて礼を述べた。


「へー、カノさんって普通に笑ったらそんな顔なんですね」


モモに指摘されて、思わずカノの身体が強張る。
そんなカノの様子に、ニヤけながらモモに絡む貴音。
その顔は悪戯を思い付いた幼い子供のようだ。


「ねー。いちいち能力なんて使わないで、いつもああやって笑ってればいいのにさぁ」

「うっ....」


貴音とモモにからかわれて、益々カノの顔が赤くなる。
やはり恥ずかしくて堪らない。
カノの目がうっすら赤くなったのと同時に、セトがモモ達二人の会話に割り込んだ。


「まぁまぁ二人とも。その辺にしといてあげてほしいっす」


セトの言葉に、安堵の溜め息をついたのも束の間。


「カノは恥ずかしがり屋なんすから人前では余り笑わないんすよ」


セトを殴りたい、とカノは心の底から思った。
前にも貴音に同じ事を言っていたが、何もメンバー全員に言わなくてもいいではないか。
しかし、セトにも全く悪気はない訳で。
笑顔を浮かべたまま、セトの口は閉じず、話が続けられる。


「昔はもっと可愛かったんすよ?能力を使いこなせてない時なんか特に」


何をまたカミングアウトしだすつもりなのか。
カノは冷や汗を流し出す。
興味津々にセトの話に耳を傾けるキド以外のメンバー達に、セトは続けた。


「怖い夢見た時なんか、一緒に寝て欲しい、なんて言って俺に抱き付いたまま寝るまでずっと泣いてたんす」


ぶわっ、と一気に身体中に熱が走る。
恥ずかしすぎて死にそうだ、とカノは思った。
カノ自身、余りの恥ずかしさに忘れていた黒歴史だった。
男のくせに、夢にうなさられて、同じ男に泣きついて一緒に寝てもらった、なんてアヤノにも言った事がない。
セトには口止めをしておいたため、キドも知らない過去だった。


「そんな事があったのか...カノにも可愛いとこがあったんだな」


先程までセトの過去話に興味を示さなかったキドまで、皆と同じように興味を示し出す。
さらにまだ続けようとするセトを止めるべく、カノは真っ赤な顔で叫んだ。


「もう昔の話はいいから!パーティー始めようよっ!!」

「はいはい、カノはほんと恥ずかしがり屋さんっすねー」

「煩いなっ!ほっといてよ!」


最悪。小さく呟けば、セトは笑いながら謝罪し、カノの頭を優しく撫でた。


「もうやだ...能力使いたい」

「それは駄目っす、絶対」


半ば半泣きで訴えるカノだが、セトは即答で反対した。
今日だけは、欺かずに素直に祝われて欲しい。
そう皆が思っていた。
そんな皆の思いが分かっているからこそ、カノも我慢はしているつもりだ。
そんな二人の間を割り込むように、身体を押し入れ、カノにプレゼントを手渡すシンタロー。
セトはシンタローを睨むが、気にせずカノに笑顔を向ける。


「ほら、二人だけで楽しんでないでオレにも祝わせろ」

「シンタローくん」


渡された薄いピンク色の箱を受け取り、可愛くラッピングされたリボンをほどく。
箱の中には赤い髪止めが入っていた。
アヤノが着けていたのと少し似ているように思える。
よく見ると中心の方に細い黒の線で、猫が描かれている


「姉ちゃんが着けてたのと似てる」

「だろ?ほら、丁度二つあるからさ、お揃いで使えるぜ?」


シンタローは髪止めを手に取ると、一つはカノに。
もう一つは自分の髪に止めた。


「なっ?」

「お揃いって...なんかちょっと恥ずかしくない?」

「んなことねぇって」


楽しそうに話す二人に、セトはつまらなさそうに唇を尖らせる。
黙って二人の様子を見ていると、次にマリーからプレゼントが渡された。
これまた可愛い猫のぬいぐるみだった。
手作りであろう、それは胸に収まる位の丁度よい大きさで、抱き心地も良さそうだ。
そしてモモやキド、ヒビヤ達も続いて次々にカノにプレゼントを渡して行く。
そして、皆で祝いの歌を歌い終わった頃。


「マリー?」


不意にカノがマリーに声を掛けると、マリーは目を見開き慌てて首を左右に激しく振るった。
その様子にカノは小さく笑うと、マリーの顔を覗き込む。


「眠い?」

「ううん、だい...丈夫」


語尾が小さくなり、マリーの瞳が細くなる。
カノはマリーを支える様に両肩に手を添え、時計を見る。
パーティーを始めてから、そんなに時間は経ってはいないが、深夜から始めたのだ。
そろそろ睡魔が襲ってきてもおかしくない。


「マリー、もう寝よっか」


カノの言葉に、マリーは表情を暗ませると、再び首を振るった。


「やだ、だってまだ...皆でケーキ、食べてない...料理も」

「明日でいいよ、そんなの。今日はプレゼント貰えたからもう充分だしねぇ」

「でもっ」


マリーの頭上に手が置かれる。
その手はキドのだった。
キドはマリーに微笑むと、ある一点を指差す。
視線を向ければ、マリーだけでなく、モモとヒビヤも互いに眠そうに何度も目を擦っている。


「カノの言う通り、今日はここまでにしておこう。明日まではこいつの誕生日なんだからな」

「うん....」


申し訳なさそうに俯き、差し出されたキドの手を掴む。
キドはマリーの手を引くと、抱き上げ、そのまま部屋まで運ぶ。
マリーは自室に入られる前に、カノの名を呼んだ。
振り向いたカノに、睡魔と葛藤しながら何とか声を絞り出す。


「生まれてきてくれて、あり...がとう....か、の」


言い終わった後にマリーはついに瞳を閉じて、寝息をたてだした。
やはり限界だったみたいだ。


「全く...無理しやがって」


目を細め小さく息をつくと、キドはマリーを部屋に連れ、ベッドに寝かせると、キド自身も自室へ入っていった。
シンタロー達もキドと同じように各々自室へ戻る。


「じゃ、オレ達は今日は泊らせてもらうわ」

「うん。おやすみ」


シンタローと言葉を交わし、カノはシンタローが部屋へ入って行くのを見送った。


「僕も寝ようかな....」


自室へ向かおうと足を踏み出した瞬間だった。
背後にいたセトに、手首を掴まれる。
セトも既に皆と同じように自室へ戻ったと思い込んでいたため、カノの目が驚きで見開かれる。


「セト...脅かさないでよもぉ...」


セトと向き合って、大きく息を吐く。
幼い頃からオカルトなどが苦手なカノだ。
今のは心底驚いた。


「いるなら言ってよね」

「カノ....」


小さく呟くセトの声。
いつもより覇気がなく感じられる。


「セト?どうかしたの?...って、わっ!?」


いきなり捕まれたままの手を引かれ、セトの自室まで連れて行かれる。
セトは黙ったまま、部屋に入るなり、カノを抱き締めた。


「ちょ、セト?ほんと、どうしたのさ」


困惑しながら問いかけるも、セトからは何も返答がない。
諦めてカノも黙ってセトの背中に腕を回す。
優しく背を叩いて、セトが話し出すのを待つ。
そして暫くたったあと、漸くセトの口から言葉が漏れた。


「ごめんす、カノ...」

「なんで?」


いきなりの謝罪の言葉。
カノの頭上に疑問符が浮かぶ。
先程、からかわれた事なら、もうカノは気にしていなかった。
そこまで自分は根に持つ方ではない。


「俺....皆に嫉妬しちゃったっすから......」

「へ?」


自分が思っていた内容とは違う事での謝罪に、思わず声を裏返す。
全く話が見えず、黙ってセトの言葉に耳を傾ける。


「皆に祝われて...カノ、幸せそうに笑って...皆とじゃなくて、俺と二人だけで祝いたかったって思えてきて...」

「なにそれ」


可笑しくなって、思わず小さく吹き出す。
小さな子供の我が儘みたいだ。
セトはカノから身体を離すと、唇を尖らせた。


「笑わないでほしいっす」

「だって...セトっ、子供みたい」

「悪かったっすね。ガキで」


顔を逸らし、拗ね出すセトはいよいよ本当に幼い子供に見えてきた。
カノは込み上げてくる笑いを抑えながら、セトの頭を撫でた。


「じゃあ明日はさ、パーティーの続き終わった後二人だけで出掛けようよ」

「えっ」


勢いよく振り向いたセトの目は、これでもかという程輝いている。
これで犬の様に尻尾が生えていたら、恐らく激しく振られていただろう。


「それって、デートのお誘いっすか!?」

「でっ!?何言って....」


カノは赤面し、目を泳がせる。
今度はカノがセトから顔を逸らした。
顔を覗き込んでくるセトに、小さく途切れ途切れに呟く。


「ま、まぁ.....そう、なる...かも」


人差し指で頬を掻きながら言うと、セトは顔を輝かせ、再度カノを抱き締めた。


「カノ!!」

「ちょっセト!くるしっ...」


緩く肩を押し返せば、セトはあっさりとカノを解放した。
そしてカノの顔を見つめ、そっと頭へ手を伸ばす。
着けたままの髪止めに触れ、外すとカノの額に口付けた。


「浮気...しちゃダメっすよ?」

「...しないよ。セトの事大好きだから」

「嬉しいこと言ってくれるっすねー」

「き、今日だけだよ」


ニヤつくセトに赤面しながら、わざとらしく話題を変える。


「そういえばセトはさ、僕に何をくれるの?」

「ああ、そうっすね。今あげるっす」


言うやいなや、セトは少し背を屈ませると、カノに口付けた。
小さなリップ音とともに、直ぐにセトの顔が離れる。
カノは顔を耳まで赤くし、両手を口に添える。


「なっ、なっ....え?」


口に添えていた手に違和感を感じて、左手の方に目をやる。
すると薬指にいつの間にかシルバーのリングがつけられていた。
セトを見やると、頬を染めて右手の甲を見せてみせた。
セトの右手の薬指には、カノと同じシルバーのリングがつけられている。


「今はまだ無理っすけど...いつか、大人になったら結婚...してほしい、す」

「セト...」

「駄目、すかね?」


上目遣いで見つめてくるセトに、カノは笑みを浮かべると、勢いよくセトに飛び付いた。


「いいに、決まってるじゃん!」

「カノっ」


セトはカノの腰に腕を回した。
互いに笑い合って、額を合わせる。
そして、声を揃えて言った。


『愛してる』





fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ