その他

□罪深き息子
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いつからだろうか。
前までは普通の光景に見えていたものが、急に煩わしく見えてしまうようになってしまったのは。
実の母に、嫉妬してしまうようになってしまったのは。




「悟空さ。味見してくんろ」

「ん?味見するまでもねぇだろー、チチの料理は何でも美味ぇんだから」


昼食を作るチチと、料理は全く出来ないが味見役としてチチの隣に付く悟空。
この光景は、悟飯が幼い頃からよく見ている光景だった。
仲の良い両親を見ていると、自身も何故か嬉しいような、くすぐったい気持ちになる。
悟飯は二人の様子を眺めているのが好きだった。
しかしそれは、前までの話。


「はぁ・・・」


溜め息をつき、片手で顔を覆う。
目を閉じ、両親の姿を見えないように、見ないようにする。
いつからか忘れたが、両親の睦まじい様子を見ていると、悟飯の中で何かが渦巻くような感覚がするようになった。
その感覚が嫉妬だと気づき、さらにはその嫉妬が母に向いていた事に気づいてしまった。
そして同時に、悟空に対し恋愛感情を持ってしまっている、という事を気付かせた。
実の父親に。

俯いたままの悟飯に疑問を持ったのだろう。
悟飯と同じく、昼食が出来るまで椅子に座って待っている悟天が、悟飯の肩を軽く叩いた。


「兄ちゃん、大丈夫?具合でも悪いの?」


顔を覗き込む悟天に、我に返った悟飯は慌てて笑顔を無理矢理浮かべる。


「いや大丈夫。昨日の疲れがちょっと出ただけだよ」


学者となった今では、娘の世話も合わせて忙しい毎日。
レポートや研究でいっぱいいっぱいで、睡眠も余りとれていない。
パソコンの見過ぎで少しだけ視力が下がり、眼鏡を掛ける事になってしまったが、それでも流石はサイヤ人の混血といったところだ。
視力はほんの少し下がっただけで、眼鏡が無くとも殆ど遠くのものは見える。

眼鏡を外し、目を少し擦る悟飯に、悟天は眉を下げる。
学者の大変さは、悟天にも理解はできている。
心配してくれる弟には悪いが、睡眠不足など悟飯はとうの昔に慣れている。
実の息子が、兄が父親に対し恋心を抱いていて、それに悩んで頭を抱えていた、など弟に言える筈がない。
上手い言い訳を考え、学者の仕事のせいにして弟を騙すのは良心が痛むが、仕方がない。
この想いは死んでも誰にも言えない。
ましてや悟飯自身も、悟空と同じで妻子持ちなのだから尚更だ。
本当に自分は可笑しい、と心の内で嘲笑う。
母に向けている笑顔を、自分にだけ向けて欲しい。
その瞳に自分だけを映して欲しい。
なんと強欲なんだろうか、自分は。
これもサイヤ人の血のせいか。
それとも人間が元々持つ欲のためか。

不意に悟飯と悟天に影が掛かった。


「どうしたんだ?お前ぇら」


息子達の様子に気づいたのか、悟空が二人の前に立った。
悟空の事について悩み、考え事をしていた悟飯は目を見開くが、悟天は普段と変わらず普通に悟空と話し出す。
悟飯の寝不足の事を話せば、悟空も心配し悟飯の顔を覗き込んだ。


「でぇじょうぶか?悟飯・・・メシ、食えそうか?」


余りの距離の近さに思わず息を呑む。
何か言わなければと、口を開くも緊張で声が出ない。
手が震え出し、胸の動悸が早くなる。
何度も口を開閉させるだけの悟飯に、首を傾げ悟空は腕を伸ばした。


「あんま無理すんなよ、な?」


頭を優しく撫でる悟空に、未だ何も言えず、ただ首を縦に振るう。
チチも心配そうにしていたが、悟空の大丈夫だ、という言葉に安堵の息をついた。


「勉強も大事だけんど、偶には息抜きも必要だべ?」


よっぽど心配していたのだろう。
チチから息抜き、という言葉を聞いたのは久し振りだった。
悟飯は苦笑し、再度頷いた。


「さぁっ、料理が出来ただよ!いっぱい食べてけれっ」


チチの言葉に悟空は目を輝かせ、悟飯から離れる。
途端に全身の力が抜け、手の震えと動悸も治まった。
少し名残惜しいが、安堵もしている。
この想いは伝えてはいけないのだ、絶対に。
叶わない恋で、絶対に愛してはいけない人を愛してしまったのだから、どんなに辛くても絶対に伝えない。
悟飯にとっては、これが自分自身に対する罰。


「悟飯!」


悟空の呼び掛けに顔を上げれば、視界に入る眩しい笑顔。
思わず目を細める悟飯に、悟空は白い歯を見せ満面の笑みで口を開く。


「メシの後久し振りに組み手の相手してくれな」

「・・・はいっ!」


悟飯も精一杯の笑顔で返す。
叶わない恋と知っていても溺れてしまって、いつも父親の事ばかりを考えてしまっている。
苦しくて苦しくて、今の気持ちを伝えたらどんなに楽になれるだろうか。
しかし伝えたらどうなってしまうか、想像するだけで恐怖や不安でいっぱいになる。
こんな自分が嫌だと思っても、何故妻と娘がいるのに父親に、男に恋をしてしまったのだと自分をいくら責めても、もう後戻りは出来ない。
苦しくて辛いが、それでも今この幸せが想いを伝えないため、続いているのなら。
どんなに苦しく辛かろうが、耐えようではないか。

悟飯は料理を口に運び、咀嚼しながら悟空を一瞥し、視線を落とした。
そして心の中で小さく呟いた。



――・・・愛しています、お父さん。それから愛してしまってごめんなさい



end.
 

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