第1章-光と闇-

□第17話
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水都オルティシエに着いた一行は、シドの知り合いのウィスカムが経営するレストラン、マーゴへ向かうことにした。そこでウィスカムに水神や帝国、神凪の話を聞いているとアコルドの首相、カメリアが訪れた。政府が神凪の身柄を保護していると言いノクティスに取引を持ち掛け、翌日に官邸を尋ねることとなった。
そしてノクティスが官邸へ出向く日、その間ルークスは図書館へ足を運んでいた。

「うわあ、いっぱいある。どれが花について書いてあるものかな」

広い室内を歩いていると図鑑のコーナーを見つける。そこに花言葉辞典というものが並んでいた。適当に読みやすそうなものを手に取るとパラパラとめくっていく。本独独の匂いが鼻に届き、懐かしさを誘った。

「そういえば、ハンターしてたころはよく世界の本を読み漁ってたな。何かわかるかなって期待して。まあ、ただただ知識が増えただけだったけど」

ひとり思い出し、軽く笑う。こうして昔を懐かしめるのも今、仲間のお陰で地に足がついて真っ直ぐ歩けているからだと思い、心の中で改めて感謝をする。ずっと続けばいい、そんな淡い、短絡的な願いのようなものを考えた自分にルークスはまた笑った。

「ええっと、黄色いゼラニウムは『予期せぬ出会い』。『運命の出会い』ということ…」

突然きた衝撃に頭を抑える。いつもの現象にルークスはまたか、というため息をついた。

『明日、だね』
『ルークスが決めたんでしょ』
『そうだけど…いざとなったら寂しいなって…』
『親離れだね』
『親じゃないし!おじさんでしょー』
『だからオレまだ30代だから!』
『私18歳だもーん!―――おじさーん!』
『…』
『あ、拗ねた!』
『拗ねてないし』
『ごめんって!…ねー』
『ん?』
『はい』
『…押し花?オレに?』
『うん。私、―――にたくさん本貸してもらったし…』
『これ、ルークスが作ったの?』
『うん。ベランダで育ててた花を使って』
『ああ、そういえばよく水をあげたりしてたね。なんの花?』
『…ゼラニウム』
『綺麗だね。ありがとう』
『…うん』
『でもオレ、なんか貰ってばっかりだね。前も帽子貰ったし』
『ううん。私の方こそ、貰ってばかりだよ。物じゃなくて…』
『じゃあ明日、行く前、お店に寄ろう。旅のお守りを買ってあげる』
『お守り?』
『そう。旅には危険が多いから。ルークスを守る物を』
『心配性の―――おじさん!…何笑ってるのよ』
『いや、ルークスの笑顔を見ていたらね、オレも嬉しく思ったんだよ』
『…なによ、それぇ』
『はははっ。…じゃあ、寝ようか』
『…うん。おやすみなさい』
『おやすみ』

『…その黄色のゼラニウムはね、私の一生の、メッセージなんだ』

最後の一言は、今にも消えてしましそうな声だった。しかし少女は笑顔で。ルークスはどこか胸の詰まる思いがしたことに気が付く。

「黄色いゼラニウム…」

図鑑の写真を指でなぞる。浮かぶ映像の少女は、どんなメッセージをこの花に隠したのだろうか、ルークスはわかりもしないことを何故か考えてしまっていることに首を振って図鑑をパタンと閉じた。

「というか、運命の出会いって何よ。クサいにも程がある。やっぱりロマンチストじゃない」

そう呆れながら立ち上がり図書館を出ようと歩き出した時、ふと、ドライブの時、アーデンが言っていた言葉が頭を巡った。

『君と会ったのは予期しない、偶然の出会いだった』

『でも、オレは思うよ。もしかしたらこれは本当は運命だったんじゃないかって』

『…君が』

あの言い掛けた言葉の続きは一体何だったのだろう。あの時アーデンの纏う雰囲気が幾分かいつもと違った。少し痛く、悲劇のような。どこか深く、見えないところへいってしまうような。
ルークスは手の甲に触れる。

「何故、私はこうもあの人を気にしているのだろう」

だがそれは、知る由もなく。ルークスは、図書館を後にした。

そして、水神召喚の儀式当日がやってきた。ノクティス以外の4人は避難誘導を行うこととなっている。
ルナフレーナの演説を聞くために広場には大勢の人だかりができていた。その中をノクティスは歩み進む。少しして、神凪、ルナフレーナがその姿を公衆の面前に表した。歓声が上がる。
水に囲まれたその場所に、冷たい一筋の風が、吹いた。

「皆さん。これから発するわたしのメッセージが、全世界の皆さんに届くことを祈ってやみません。世界はいま、光を失いつつあります。このままでは…世界は闇に、覆い尽くされてしまうでしょう。闇は人の心に、争いや悲しみを生むのです。ルシスで起きた悲劇、停戦協定を結べず多くの人々が命を失った、あの日の悲劇のように。でも、どうかご安心ください。わたしたちには大いなる神々のご加護があります。闇を払い、星々の光を甦らせ、世界をお守りくださる神々の御力があるのです。わたしはここオルティシエに眠る荒ぶる水神、リヴァイアサンの御力をお貸し頂くために参りました。わたしはこれから水神との対話の儀に臨みます。そしていま、ここにお約束します。神凪の誇りにかけ、世界から闇を払い、失われた光を、取り戻すことを!」

力強い、叫び。観衆はみな称賛するように拍手をする。
ノクティスの目から、静かに、涙がこぼれ落ちた。
ノクティスとルナフレーナは互いにしかわからないくらい小さく、頷き合う。演説が終わっても歓声は収まらない。
ルークスもラジオを通してルナフレーナの声を聞いていた。懐かしいその声に安堵し、強い意志に奮い立たせられた。

「光…『クリスタルの意志』。必ず、王を導いてみせる」

そして儀式が始まった。目覚めた水神が大きく波を立たせ、暴れている。人民の非難のために4人は奔走する。ノクティスは帝国兵を薙ぎ払いながら、水神を帝国軍から守るために駆け巡る。見晴らしのきく場所まで昇りつめ、様子を伺う。水神に近付くに手がない。ノクティスが悩んでいると通信が入った。

「ノクト、プロンプトが先にそっちへ向かっている」
「あ?おまえらは?」
「下で待機する。あれは二人しか乗れない」
「飛び降りて!」
「はあ?」
「いいから早く!」

指示に従い、意を決して飛び降りると、帝国の武器を操ったプロンプトがノクティスを空中でキャッチした。激しい攻防を繰り返し、何とか水神に触れたノクティスは啓示を求める。すると大きく振り払われ、地面に思い切り叩きつけられた。力を示せ、ということだ。
一方人民非難が一段落ついたルークスは参戦しに行こうと街を走る。時々飛んでくる水しぶきに戦闘の激しさを知る。ようやく水神の姿がよく見えるところまでやってくると、やや遠くに二つの人影もあることに気が付いた。

「あれは…ルーナ、と…アーデン?」

何故彼がルーナの近くにいるのだろう、最初にルークスの頭に浮かんだ疑問はそれだった。

アーデンがしゃがみ込む。

そして何かを握っている右手を、突き出した。

ルナフレーナの体が一瞬震える。

何が起きたのか、ルークスは瞬時にはわからなかった。数秒経ち、何やら赤い液体が流れているのが視界に入った。

「…なに、あれ」

人の血を見たことはある、何度も。しかし、理解が追い付かない。何故、ルーナは血を流しているのか。ルークスは周りに音がなくなったかのように感じていた。

「ルーナが、刺された…?」

誰に?
アーデン・イズニアに。

自問自答を繰り返す。しかし、その状況を目に入れているにも関わらず『クリスタルの意志』は目覚めない。そのことにルークスは疑念を抱いた。

「…なんで?なんで『クリスタルの意志』は反応しないの!?ルーナが、ルーナが!」

沸々と、激情が押し寄せる。自分の人生を、道を示してくれた大切な人。その人を助けたい、その一心で。ルークスは叫んだ。

「応えろ!私の叫びを、声を、聞け!…力を示せ、『クリスタルの意志』!!」

その瞬間、目が激しく光り、髪は銀色に輝きなびいた。まるで人ならざるもののように。そして短剣を投げた。移動した先、目の前に倒れているルナフレーナはいた。

「ルーナ!」
「…ルークス、ですか?」

先程の演説とは打って変わって弱々しい。脇腹から流れる血が事の大きさを物語っている。
揚陸艇に乗りかけていた男は振り返り、その姿を眺めていた。

「…へえ」

いつもと違うルークスに気が付き、驚きに声を上げた。しかしその表情はとても愉しそうだ。

「私だよ、ルークス。覚えてる?あの頃ルーナに私、救われて…。なのに、私、ルーナの危機に駆け付けられなくて…。ルーナ…っ」
「いいえ、あなたは来てくださいました。ありがとう、ございます」
「私、私っ。ちゃんと『クリスタルの意志』と共にノクトを導くからっ」
「はい。あなたなら、できます。だからルークス、そんな悲しい顔をしないで」

ルナフレーナがルークスの顔に手を添える。まだ十分暖かい体温に少しだけ落ち着くことができた。

「ルークス、大丈夫です。きっといつか、全てがわかるときはきます。あなたの過去も、本当の名前も」
「…私の、名前」

そこに隠された、私の知りたい真実があるのだろうか。ルークスは髪から滴を垂らしながらそう思った。

「はい。でも、できれば…私の授けた『ソルス』の名も忘れないで欲しいのですが」
「…っ。忘れないよ!当たり前でしょ…!ルーナっ」
「私もルークスのこと、もっとよく知りたかったです」
「やめてよ…そんな言い方…」

水しぶきに涙が混じる。お互いがお互いを支えるような体制で二人は抱き合う。
突然、水神が唸り声を上げた。そして再び動き出した。

「水神がっ」
「ルークス、ここは危険です。私はノクティス様にこの指輪を届けます。だからルークスは避難を」
「ルーナ。私が何のためにここへ来たと思ってるの。ルーナを…いえ。ルナフレーナ様、そしてノクティス様をお守りするために参ったのです。ですから、水神はお任せください。少しの間なら水神を制御できます。その間に、指輪を、お届けください」

片膝を付きそこに腕を置き、忠誠を誓うような姿勢と目付きで、ルークスは言う。
一瞬の沈黙のあと、ルナフレーナがひとつ、頷いた。それと同時に剣を投げつける。水神を目の前にし、剣を振った。それが打撃となり、水神は大きくのけ反る。そして尾を叩きつけ、波を立てた。

「『クリスタルの意志』、私に守る力を」

手を前に翳す。すると薄い透明の壁のようなものが張られる。まるでルシス王国を守っていた魔法障壁のような。それを荒波が激しく襲う。

「くっ」

汗が滲み出るほどの力を込める。押し返されそうな強さだ。しかしルークスも負けていない。怒号を上げるように腹から声を出し、全身の力を両の手に注ぎ込んだ。
そして激しくぶつかり合った末、荒波と魔法の壁は弾かれるようにして消滅した。
ルークスはその爆風に吹き飛び、地面に体を強打した。短くうめき声をあげ、立ち上がろうと手をつくが、全く入らない力に体を起こすことができない。

「ルークス!」
「…る、な」

ノクティスを抱えたルナフレーナが必死に手を伸ばす。しかしその手は空を切り、届かない。ルークスはルナフレーナを見る。小さく微笑み、口パクで「ありがとう」とそう言った。そして薄れていく意識を、手放した。

「こんなところで寝ちゃダメだよねえ」

一部始終を見ていた男がルークスに近付く。その光景を見るルナフレーナの目は鋭い。

「この子、ちゃんとオレが避難させといてあげるから、ご安心を」
「…」
「では…あなたもどうぞ安らかに、ルナフレーナ様」

慇懃無礼な態度で一礼をし、揚陸艇に乗り込み、その内部へと消えていった。
男はルークスを抱えてその姿を見下ろす。髪は黒髪に戻っていた。

「『クリスタルの意志』か。あぁ、やっぱり当たってたね。だからオレはキミを知っている気がしていたんだ。オレを拒んだ聖石、だから」

その声にはもう、今まで感じさせた優しさの欠片もなく。見下ろす瞳は冷たかった。



ゼラニウムの花言葉、『予期せぬ出会い』『運命の出会い』
そして、それに隠された過去のメッセージ。それは、

『あなたに会えて本当に良かった』

しかしそれは、今は予期せぬメッセージ。



何故なら二人はまだ、真実を知らないのだから。




Sors”使命・宿命・運命”

それを背負った少女は、夢の中で彷徨っている。


 

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