青の祓魔師

□少女は塔の上で歌う
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「じゃ、兄さん、ここで待ってて。また、しえみさんの時みたいにフラフラどっか行かないでよ?」

雪男はそう何度も注意した

「わぁーってるってぇーの!」

燐はそう言いながらそっぽを向いて、そばにあったレンガで造られた橋の淵に寄りかかった

雪男は心配そうな顔をしてから、再び歩き出した

ここは、正十字学園のどこか、だ

雪男の仕事に燐は当たり前のようについてきた

だが、ここまでだった

ここから先は祓魔師以外立ち入り禁止

もし部外者が立ち入れば、燐だけでなく雪男も罰を受けてしまうのだ

(…暇だなぁー…)

大きく欠伸をして、燐は空を見上げた

空は少し白みをおびていて、春の気配を感じさせた

春の暖かい空気に包まれ、うとうとの眠気が襲ってくる

だが、ここで昼寝するわけにもいかない

ぐっと眠気をこらえ、燐は背筋を伸ばして橋から見える景色を眺めた

その時、どこからか、歌が聞こえてきた

「…ん?」

女性の澄んだような綺麗な歌声だった

微かだが、耳をすませば、はっきりと聞こえてくる

『人は優しき獣なんだね』

燐は気づけば、歌声をたよりに歩きだしていた

声のするほうへだんだんと近づいていくのが楽しくなっていく

すこしずつ歩く早さが速くなっていった

燐が歩いているとそのうち上から歌声が降ってくるような感覚になった

燐は立ち止まる

立ち止まった先は、大きな高いレンガ調の塔だった

この塔の上から歌が聞こえてくるようだ

少し戸惑い、後ろを振り返ると来た道がよくわからなくなっていた

(やっべぇ…雪男に怒られ…まぁ、いっか。結構時間かかりそうだったしなぁー)

目の前には石段が塔を囲むように伸びている

燐は開き直り、目の前の石段をのぼり始めた

しばらくして、やっとのことで石段を上り終えた

燐は一息ふぅとつくと同時に顔を上げた

目線の先には一人の少女が背を向けて立っていた

『奇跡の花 咲かすため』

歌の主はこの少女だとわかった燐は声をかけようと歩き出した

「よぅ」

燐の声にハッとして後ろを振り返った少女は目を丸くして燐を見上げた

「今の綺麗な歌だな!何の歌なんだ?」

燐は愛想の良い笑みを浮かべて、少女に近づく

それに反するように少女は後ろへ下がっていく

(あれ…もしかして…俺、怖がれてる?!)

燐は立ち止まり、戸惑いの表情を浮かべた

「お、俺は…奥村燐…こ、怖がるなよ?」

(これじゃあ、しえみの時とデジャブだなぁ…)

そう思いながら、燐は少女の様子を伺った

「…。」

黙って少女は燐を見上げていたが、ゆっくりと口を開いた

「私のこと、怖くないの?」

その意外な言葉に燐は首を傾げながら、答えていた

「怖くないけど?」

燐の返答を聞き、少女の表情から戸惑いが消え、微笑みが浮かんだ

「私…ララ」

ララは、照れくさそうに微笑んだ

「ララか、よろしくなっ!」

燐は明るい笑みを返した

「奥村くんはどうしてここに?」

「え、えっとだなぁ…あ、そだ。お前って歌、上手いなぁーっ!」

「…え?」

「俺、お前の歌につられてここまで来たんだ」

燐はそう言いながら、来た道を振り返る

遠くに雪男と別れた橋が見えた

「結構、遠くだったんだなぁ…」

帰りが大変だ、と呟きながら燐はララのほうを振り返った

「上手って本当…?」

振り返るとララは頬を赤く染め、照れ笑いを浮かべていた

「あぁ、また歌って…」

ピリリリリッ

突然、携帯の着信音が聞こえた

「ゲッ!雪男…も、もしもし?」

『兄さんっ!どこで何やってるのっ!!』

携帯の通話ボタンを押すとララにも聞こえるぐらいに雪男は大きな怒鳴り声をあげていた

「…ちょっと路上ライブを…」

『訳わからないこと言ってないでさっきの橋まで帰ってきてよ!』

雪男はそれだけ言って電話を切った

「悪りぃ、路上ライブはまた今度な!」

燐はそう言いながら、石段を駆け降りた

「奥村君っ!また…来てくれる?」

ララの声に燐は立ち止まり、振り返って叫んだ

「あぁ、また来る!またな、ララ!!」

燐は軽く片手をあげると、再び駆け降り始めた






――――…

「もう…兄さん!!勝手にフラフラしないでよっ!」

「悪りぃ悪りぃっ!」

橋の上で待っていた雪男に燐は駆け寄った

「仕事はどうだっんだ?」

「今回は様子見ただけだよ。…それより、何処行ってたの?」

雪男は嫌な予感しかしないという顔で燐を見た

「あの塔に行ってたんだよ。ほらあそこ」

燐が指差す方向を目をやる雪男

途端にサッと血の気が引いた

「兄さん…あそこは、上級祓魔師しか立ち入り禁止の塔だよ?」

「え、そうなのか?」

「勝手なことしないでって言ったじゃないかっ!」

「でも、危険じゃなかったぞ?女の子がいただけだし」

「どんな…?」

雪男は、はぁとため息をつきながら、歩き出した

「えぇと…金髪で、三つ編みしてて…そんで肌が白くて…あ、目が赤かった…」

そこまで言って燐は思った

彼女が口にしていた『私が怖くないの?』は目が赤いことを言っていたのかもしれないと燐は思った

「別に怖くなかったぜ?赤い目…むしろ綺麗だったし」

「何、一人で言ってるの?兄さん…。その人は多分、上級祓魔師だよ?どうすんの…思いっきり入ったの見られてるじゃないか」

雪男は眉間に皺を寄せて肩を落とした

「大丈夫だってっ!言わなきゃバレない!」

「そういう問題じゃないのっ!あぁ、まったく…メフィストさんになんて言えば…」

雪男はそうブツブツと独り言を呟きながら、近くの扉に便利鍵を差込み、回した

燐は、扉をくぐる雪男の背中を見てから、再び、塔のほうへ目を向けた

(また来るって約束したしなぁ…)

そう思いながら扉をくぐり、燐は雪男の手元の鍵の形を覚えた

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