短編小説

□手折った桜を貴方へ
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ああ、これは夢だな。

不思議と確信を持つ俺は、柔らかな風の吹く丘に立っていた。
何をするでもなく、立っていた。

眼前に広がるのは、青い海と青い空。
そこに、淡い桃色の花びらがひらりと舞ってきた。
そしてそれは俺の前で留まり、くるくると回る。

そっと手を近づけると、ひゅうっと強い風が吹いて………。








「…その花びらが行く先に、お前が居たんだ」

ヴェイグは墓石の前に座り、語りかけた。
その墓石には、『Saleh』と彫られている。ヴェイグが愛し、愛された、大切な人だ。

「…お前、その花びらを捕まえて、微笑んでいた」

彫られた文字を指でなぞる。
ひんやりとして気持ちいい。

「……そっちで、心穏やかに過ごせているようだな…」

良かった。そう言って、ヴェイグは漸く腰を上げた。

「…また来るよ。……サレ…」

するとそこに、淡い桃色の花びらがひらりと舞ってきた。
そしてそれはヴェイグの前で留まり、くるくると回る。

「…これは……」

見覚えのあるそれにそっと手を近づけると、ひゅうっと強い風が吹いて花びらを運んで行く。
あ、と行く先を見ると、そこには……。

「……サ、レ…!」

トクリ、と
胸を打つ鐘をそのままに、ヴェイグは愛しい人の元へと駆けた。
それに応えるようにサレもゆっくりと歩を進め、ヴェイグを優しく抱き締めた。

「……やあ、久しぶり」

『ヴェイグ』と、長く呼ばれることの無かった響きに、彼の纏う甘い薫りに、胸が締め付けられる。
そして、より一層強く抱き締められると、ヴェイグの頭は乳白色に染まって行き………。






「…おはよう、サレ。今日、お前の夢を……」

ヴェイグは墓石に語りかける。
そしてその手には、満開に咲き誇る桜の枝が、握られていた。




end.
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