短編小説

□一番星が出る頃に
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今日は朝から慌ただしい。主に少年少女達が。
理由は明白、七夕だからだ。いつの間に採ってきたのか、甲板には大きな笹が立てられていて、既に飾り付けが始まっていた。
しかしどうやら願い事を書いた短冊はまだのようだ。

「このギルドには、イベント好きな方が多いですねぇ。本当に…」

隣に並ぶ青年に話しかければ、そうだな、とだけ返ってきた。
誰がアレを処分すると思っているのか。まあ、問答無用で片付けさせるが。

「さて…お茶でもどうですか、ヴェイグ」

もとより、研究の息抜きがてら甲板に出てきたのだ。
ジェイドは長居は無用とばかりに踵を返し、船内へと歩を進める。
ホールで偶然鉢合わせたヴェイグとお茶でもして、もう少し休憩しよう。
そう思って言ったのだが、返事も、足を動かす音すらしない。
おや、と振り返ると、ヴェイグはその場に佇み空を見上げていた。

「どうかしましたか?」

己も空を見上げるが、一面灰色に覆われているだけである。
そこである考えに至った。今日は七夕。もしかすると……。

「……一番星が出る頃には、晴れますよ」

とりあえずそれだけ伝えて、呆けた顔でこちらを見るヴェイグの手を引いた。



太陽が水平線の下に身を隠す頃、ジェイドの宣言通り、空には雲ひとつとして無かった。
朝見た大きな笹には、各々の願いが書かれた短冊が、所せましとぶら下がり揺れている。
その周りで晴れた晴れたと賑わう者たちをよそに、ジェイドとヴェイグは甲板の裏側で静かに海を眺めていた。

「……何故、知っていたんだ」

そう尋ねてくるヴェイグにジェイドは口を開き、しかしまた閉じた。

「…ジェイド?」

「…願い事、したんですよ」

らしくないのは重々承知だ。雲の動きだとか、理由はちゃんとある。
けれど、今日、この日くらいは、夢のような事を言っても構わないだろう。甘い雰囲気を壊す方がどうかしている。
そのくらいの人情は持ち合わせているつもりだ。

「…そうか」

ヴェイグはそう言って、微かに笑っていた。珍しいものを見て、こちらもつられて口角が上がる。
いつもの作った笑みじゃなく、素直な微笑み。

(本当に、らしくない…)

呆れ半分で、ふ、と軽く嘆息したジェイドは、それはそれは優しくヴェイグを抱き寄せ、耳元で囁いた。



―――天の川、貴方が見たそうでしたから―――





end





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