短編小説

□愛しさ最高潮
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「少し、いいか?」

研究を終え、外の空気でも吸おうかとホールに出たら、呼び止められた。

「ええ、ちょうど休憩しようと思っていた所なんですよ」

「……甲板に行くのか?」

こちらの顔を伺いながら、彼、ヴェイグは言った。
一緒に行くかと誘えば、自分はいいと断られた。
何か用があるのでは無いのだろうか。

「……その、もしよければ、休憩を終えたら展望台に来てもらえないか?」

青い瞳をうろうろと泳がせながらの頼み事は、些かジェイドを悩ませた。
展望台は、滅多に人が居ない場所だ。特に何があるわけでもない。ということは、周りにはあまり知られたくない話があるのか。
それならばここで無理に聞き出すのは躊躇われる。
とりあえず己の事を優先したいジェイドは、十分程したら展望台へ行くと告げ、ヴェイグと別れた。

甲板に出ると、アッシュとルークが何やら声を荒げて揉めていた。暇つぶしに少しからかってやると、面白いくらいに突っかかってきた。
毎度の反応に飽きたのでそれを軽く流し、流れる雲や海を眺めるなどして、休憩を取り始める。
ふと、視界の端にお菓子を食べているマオを捉え、思い出した。
船内中がやたら甘い匂いだと思っていたが、なるほど、今日はバレンタインデーだ。

(ふむ………)

イベント内容を思い出せば、たちまちヴェイグへの期待がむくりと起き上がってきた。
彼は男だが、恋仲の関係としては受け身になっている。その事に対しての不満はなさそうだ。
となれば、ヴェイグがバレンタインというイベントを忘れていない、且つ意識している限りは、チョコレートを今日中に渡してくるだろう。
なるほど、と、ジェイドの頭の中で全てが繋がっていった。
先ほどのヴェイグの言葉。人気の無い展望台。そして、そわそわと落ち着かない様子のヴェイグ。

(可愛い事を……)

思わず緩む頬を引き締める事なく眼鏡を掛け直した所で、落ち着かない視線に気付いた。
向けられる視線の方向を見ると、先ほどと同様にお菓子を食べているマオが、じっとこちらを見つめていた。
相手をするのも面倒なので、無視してそろそろヴェイグの元へ行こうと足を動かせば、パタパタと靴を鳴らして駆け寄ってきた。
視線に気付いた時点で無視をするべきだったと、今更ながら後悔する。

「……何か?」

駆け寄ってきたわりに何も喋らないので、仕方なくこちらから声をかける。
するとマオは、その赤く大きな目をくるりと動かして問うてきた。

「ジェイドは、ヴェイグからまだ貰って無いの?」

何を、とは聞かない。何の事かはわかっているから。

「ええ、残念ながら。あなたのそれは、ヴェイグからですか?」

小さな左の手のひらに乗せられた黒い小箱を見て言う。

「うん!今年は生チョコだヨ!」

凄く美味しい!と、これ見よがしにまた一つ食べるマオに若干苛つきながら、そうですか、良かったですねと適当に返す。
ところで、何故自分がまだチョコレートを貰っていないと思ったのだろうか。

「ボクの方見てから、何か考え事してたみたいだったから、そうなのかなって」

聞けば、そう答えてくれた。
そんな風に思われる程考え込んでいたのか。というか、随分と前から見られていたようだ。自分としたことが、視線に気付かなかった。

「……って事は、チョコ貰ってないのってジェイドだけかも。朝、僕たちの部屋に行列が出来ててさ。何かと思えば、男女問わず皆ヴェイグのチョコ目当てでね。あ、女の人たちとはチョコ交換してたかな。まあ、そんな事があって、女の人はともかく男の人たちは大喜びしてて、僕、笑っちゃったヨ!だって、あのクラトスやアッシュ、ウッドロウまで貰いに来てたんだから、もうビックリ!……あれ?」

皆がヴェイグからチョコを貰ったと知れば居ても立っても居られず、マオの話を最後まで聞かずにヴェイグの元へ急いだ。
何故恋人である自分に、一番に渡さないのか。

(今日はお仕置き決定ですね……)

ジェイドは眼鏡をキラリと光らせた。
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