短編小説

□十五夜の口づけ
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「はい、ヴェイグ。今日はお団子よ」

そう言ってクレアが持って来てくれた今日の夕食のデザートは、みたらし団子だった。
そういえば今日は十五夜だったか、とヴェイグは窓から空を見る。

「月を見てるのかい?」

ピンクの長い布を揺らしながら話しかけてきたのはしいなだった。
ああ、と返事をしながら、いつ見ても独特の服を着ているなとも思う。

「今日は満月。晴れてよかったねえ」

そう言い、隣、失礼するよと座るしいなにヴェイグは単調にそうだな、と返す。
もう少し何か感想が無いのかと自分でも思うが、思っていても口に出さないのは今更なので良しとする。

「あたしの故郷には『かぐや姫』っていう昔話があるんだけど、この時期になるとふっと思い出すんだよね」

「……かぐや姫?」

「ああ」

持ってきていた温かいお茶が入った湯のみを両手に持ち、テーブルに向けていた体を窓側に向けて、しいなはその『かぐや姫』なる話をかいつまんで聞かせてくれた。

昔ある所におじいさんとおばあさんがいてね。
ある日、おじいさんが竹やぶに行ったときに根元が光ってる一本の竹を見つけたのさ。
不思議に思ったおじいさんがその竹を切ってみると、中には小さなかわいらしい女の子がいたから連れ帰って育てることにしたんだよ。
名前はかぐや姫と名付けられ、やがて、年頃になったそれは美しいお姫様の噂が街中に広がって、求婚をしてくる人が出てきたのさ。
お偉いところの貴族や皇子なんかがね。
かぐや姫は自分にふさわしい相手を決めるために五人の求婚者に無理難題を言って、求婚者はそれを叶えるために奔走したんだけど、結局失敗に終わって婚約の話はなくなってしまった。

「そんなこんなで、最終的には月から迎えに来た従者と一緒にかぐや姫は月に帰っちまうのさ」

お茶を飲んで一息ついたしいなは、最後をそう締めくくった。

「月?」

「実はかぐや姫は別世界の者でね、月の住人だと言われてるんだよ。
世話になったおじいさんやおばあさんと別れるのは辛いけど、かぐや姫は月に帰らなればならない。……遠い遠い、お月さまにね。
別れの際に、手紙と不老の薬を置いて行った、なんて話もあるけど、まあ、そこは物語だからさ」

「……遠い、月」

「あんた、本読むんだろう?アニーから聞いたよ。もし気が向いたら読んでみるといいよ」

ちょっとした暇つぶしくらいにはなるだろうさ。そう言い残して、しいなは食堂を出ていった。
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