短編小説

□まだ君を知る前の段階
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ザー、と水の流れる音が洞窟内に響く。
今日は水の流れが比較的穏やかだ。

「……3、4、5……で、20個あるよ!」

「よし、任務完了だな。帰るぞ」

辺りには、この地域――シフノ湧泉洞に生息するモンスターの骸が転がっている。
今回のクエストは、シーフードを20個。しかもシフノ湧泉洞で、という条件付き。
食料調達のクエストは何度も受けてきたが、産地限定というのは今回が初めてだ。
海域によって魚介の質が変わってくるであろうことは想像に難くないが、シフノ湧泉洞のものが特別美味いという話は聞いたことがない。
もしかしたら、自分が知らないだけで通にしかわからない何かがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、シングは採取の妨害にならないように倒した骸を片付ける。

少し離れたところでは、今回のクエストの同行者であるヴェイグがシーフードを凍らせながら袋に詰めている。
この所業はヴェイグならではだとシングは思う。
精神力を使うものではあるらしいが、術者のそれともまた違うものの様で、一切の詠唱なく、更に術を発動しやすくするための杖などの媒体を使うことなく、その手をかざしただけで全てを凍らせていく。
用途や範囲によってはまたやり方が違ってくるのかもしれないが、彼が能力を使っているのはこういった作業や戦闘中にしか見ることがない為、目の前で起こる一瞬の現象はいまだ不思議だ。

そうこうしているうちにシングはモンスターを片付け終え、ヴェイグもまた帰る準備が整った。

「大丈夫?重くない?」

たまたま今回採取したシーフードの一つ一つが大きかった為か、ヴェイグの肩に担がれた袋が何だか重そうに見えたシングは、周囲の敵を警戒しながら尋ねた。
大丈夫だ、と一言返されて、疲れたら交代するからということを伝えれば、「ああ」の一言で会話が終了してしまった。
ヴェイグが元々無口なのは知っているし、別に居心地が悪いだとかそういったことはないのだが、せっかくなら色々と話してお互いを知ろうじゃないか、という考えもあって、今回のクエストはヴェイグと二人で、と申請したのだ。
ヴェイグにそのことを伝えてはいないが。
何か話題は無いかなと、シングは頬を掻く。

「あ……」

「どうした」

何となしに自分たちが歩く通路の下に流れる水を見ると、スーっと動くいくつかの花が見えた。
そういえばこの上流にはユルングの樹があったのだったか。

「ヴェイグ、下見て!」

言われるまま下を見たヴェイグは、シングが何を伝えたいかわかったようで、そういえばこの上流だったかと呟いた。
自分と全く同じ事を思ったことが嬉しくて、シングはきらきらと瞳を輝かせた。
この調子で話しかければ、もっとヴェイグのことを知ることができるかもしれない。
そう思ったシングは、腰をかがめて花を見るヴェイグとの距離を詰めようとした。

――その時。

辺りが急に暗くなった。洞窟内なのだから元々薄暗くはあるのだが、そこに影を落としたような暗さに変わったのだ。
ハッとして二人が後ろを向けば、そこにはクラブスが三体、大きなハサミをこちらに向けて振り下ろそうとしていた。
なぜ気配に気づけなかったのか、それほどまでに浮かれていたのかと自分を叱咤しながら、シングは横に回避した。
悔やむのは後でいいと、すぐさま剣を構えて敵に向かっていく。
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